第14話 禁断の愛になったら
「ぼくは飛び級で入るつもりですから。姉様と同じ学年になりますよ!」
「エディは頑張り屋ね」
実際義弟は飛び級で、入学を果たしていた。
「で。なぜ、考えが変わったのだ、シャロン」
ルイスに問われたシャロンは緊張しながら答えた。
「それは、ただ興味を持つようになったというだけですわ。魔法学校に入学する前に、しっかり学んでおきたかったのです」
ルイスは納得した様子ではなかったが、授業を開始した。
シャロンは今までルイスと会った中で、最も真剣に彼の話を聞く。
さすが神童、理路整然としていて、わかりやすい。
家庭教師のなかには、説明が理解しづらいひともいるので、その点助かった。
授業が終了し、皆席を立って部屋から出る。
シャロンもまとめていたノートを閉じ、立ち上がった。
「シャロン」
名を呼ばれ、ルイスのほうに視線を向けた。
「今君が書いたものに、間違いがあったぞ」
「え?」
シャロンはノートを開く。
「どこでしょう?」
「ここだ」
彼はトンと、該当箇所を指さす。
確かに間違えていた。
シャロンは書き直し、彼に礼を言う。
「ありがとうございます」
「いや」
ルイスは子供の時分から落ち着いていると思いながら、シャロンはノートを抱え、部屋を出た。
外にいたクライヴに駆け寄る。
「クライヴ」
彼はなんでしょう、とシャロンを見つめる。
「あなたには魔力があったけれど。今まで本当に気づかなかったの?」
「まったく気づきませんでした」
家族に魔保持者がおらず、力が顕現しなければずっと気づかないこともある。
シャロンはゲーム未登場の彼が、魔法学校に通うことになり、不安だった。
表情を曇らせるシャロンに、クライヴはすまなさそうにする。
「俺と共に勉強するなんてお嫌でしょうか。俺は今後遠慮しておきましょうか」
シャロンはかぶりを振った。
「いいえ。お父様もあなたに、魔術を学ぶようにと話していたし、今後も一緒に勉強しましょう」
「何か気にかかることがあるのでしたら、どうかおっしゃってください」
「何もないわ」
自分が気にしすぎているだけだ。
「それでは俺は仕事に戻ります」
「ええ」
屋敷に行くクライヴの背を眺めていれば、手を掴まれた。
「姉様」
「何? エディ」
「今、あの男と何を話していたのです?」
「あの男って、クライヴのこと?」
「そうです、胡散臭いあの使用人です」
シャロンは嘆息した。
「そういう言い方はいけないわ」
エディはじっとシャロンを見る。
「何を話していたんです?」
「クライヴに魔力があったから、それを知っていたのか、って彼に聞いていたのよ」
「本当にあの男に魔力なんてあるのでしょうか? 貴族でも持っている者のほうが少ないのに」
「ルイス様もおっしゃっていたし、あるのでしょう」
ルイスの魔剣も反応を示していた。
シャロンは義弟に注意しておこうと思う。
「クライヴに対しても他の使用人に対しても、そういう態度でいてはいけないわ」
「どうしてです?」
「あなたは次期公爵なの」
「そうですが」
「皆から慕われ、あなたに心から仕えたい、と思ってもらえる人格者になってほしいと姉様は願うわ」
「でもクライヴは本当に怪しいし、それに御者のジムも、園丁のベンも、メイドのリンダも、姉様に馴れ馴れしくしていて苛々します」
シャロンはエディの両手を握りしめた。
すると義弟はそわそわした。
「な、なんです姉様。突然手なんて握ったりして……? いくらぼくが可愛くとも、淑女のすることではないですよ?」
シャロンは義弟に告げた。
「わたくし、あなたにやさしいひとになってもらいたい」
そしてもしヒロインがエディを選んだら、ハッピーエンドになってほしい。
そんな野望があるので、言葉に熱も籠るというものだった。
「ひとを貶めるような言動はしないで。姉様、あなたが本当はやさしいひとだとわかっているわ」
隠すことなく毒舌ぶりを発揮している幼少期なら、更生可能なはず。
ゲームでも核の部分ではやさしさがあったので、思慮深くなれるはず。
国外追放となった自分がこの屋敷を離れた後、彼に公爵家を支えていってもらいたいと願う。
「あとあなた、このところ目つきが険しすぎるわ」
シャロンはエディの眉間に指を置き、そっともみほぐした。
「力が入り過ぎているのかしら。視力が落ちてきているの?」
眼鏡が必要なのだろうか。
なら度が合う眼鏡を作ってもらったほうがいい。
エディは赤くなって、シャロンの手を掴んで離す。
「いいえ、視力は落ちていません。はしたないですよ、姉様。ぼくたちは子供で、姉弟だといっても。やめてください。禁断の愛になったらどうするんですか」
「禁断の愛」
「はい。姉弟だと禁断の愛でしょう?」
シャロンは噴き出してしまう。
くすくすとシャロンが笑うとエディは怒鳴った。
「笑い事ではありません!」
エディは眉を吊り上げるけれど、それがまた可愛い。
「姉様っ」
シャロンは笑いをおさめ、真面目な表情をする。
「わたくしが今話したこと、聞いてもらえると嬉しいわ。使用人に尊大な態度を取らないよう、あと眼差しを和らげて? せっかくエディは整った顔をしていて可愛いのだから、もったいないわ」
エディはぷいと横を向く。
「わかりました。ぼくの可愛らしさが、失われてもいけませんから、気を付けます」
「うん」
シャロンはほっとする。
「でもぼくは姉様のようにお人好しではありませんので、警戒は怠りませんよ」
まあ、少しでも改めてくれる様子がみられたので、それだけでも幸いだ。
きっと義弟は、思いやりのあるひとになってくれるはずである。
シャロンは部屋に戻り、今日学んだことを復習した。
その後、ゲームについて記した紙を引き出しから取り出し、じっくりと眺めた。
(幾ら記憶を辿っても、やはりどこにもクライヴはいなかった)
存在していたけれど、悪役令嬢側だったから単に描写されていなかっただけ?
なぜゲームに登場しなかったのかと、シャロンは謎に思うのだった。
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