第15話 課外授業

「環境を変え、ガーディナー家の別荘で学習しようと思います」


 ある日、ルイスが父にそう話した。

 課外授業である。

 

 父の了承を得、シャロンらはガーディナー家の別荘に行き、数日間滞在することとなった。

 馬車に乗って半日後に到着した別荘は、瀟洒で大きかった。

 それぞれ一室ずつ、部屋を割り当てられる。

 

「明日、森にある廃墟に行ってみる」

 

 ルイスから、夕食中に告げられた。

 シャロンは小首を傾げる。


「廃墟で何をするんですの、ルイス様?」

「魔力の残滓を見に行くのだ」

「魔力の残滓?」

「ああ」


 エディが用心深く尋ねた。


「それは何です?」


 ルイスはエディに視線を向ける。


「異質の魔の足跡みたいなものだな。こういった場所は稀だ。目にする機会もほとんどない」


 エディは眉をひそめた。


「危険はないのですか?」


 ルイスは淡々と返した。


「百%ないとは言えない。嫌なら君は来る必要はない」


 エディは唖然とし、シャロンを見る。


「姉様、やめておいたほうがいいようにぼくは思います」


 スープを飲んでいたシャロンは、スプーンを置いた。

 ルイスは理知的である。基本無茶なことは言わない。


「せっかくここまで来たのだし、わたくしは行ってみるわ」

「……なら、ぼくも行きます! 姉様の行くところには、ぼくはどこへだって行くのです!」

「クライヴはどうする?」


 シャロンが訊けばクライヴは静かに答えた。


「俺はお嬢様の従者ですので。ご一緒します」

 

 それで明日四人で、廃屋に向かうことになった。

 夕食を終えたあと、シャロンが部屋に戻ろうとすると、ルイスに肩に手を置かれた。


「君に少し話があるのだが」

「お話?」

「ああ。ここではなんだから、来てくれるか?」

「? はい」


 それでシャロンはルイスに連れられて、別荘の庭に出た。

 備えつけられた白い椅子に座る。

 シャロンは隣のルイスを問うた。


「お話とはなんですの、ルイス様?」

「君の父上から聞いたのだが」


 彼は膝の上で両手を組む。


「王宮で階段から落ちたらしいな。その後、賊に襲われたとか?」

「ええ」


 シャロンは頷く。


「何事もなく無事でしたけれど」

「だがそれから君は、以前と変わったみたいだが」

「いいえ、何も変わっておりませんわ」

「君に久しぶりに会い、私も君が変わったように思うぞ」


 彼は探るような眼差しをする。


「何があった? 階段からの落下と、賊に襲われた以外に」


 シャロンは、おほほと笑った。


「何も。その二つだけでも大変でしたのに。それ以上に何か起きていればわたくし、身が持ちませんわ」

 

 誰にも言えないので、空とぼけた。

 言えば絶対病院に放り込まれる。


「本当か?」

「本当ですわ」


 ルイスは目を細めた。


「私たちは幼馴染だ」


 余り親しくはないけども。


「何かあったらなら、言ってくれないか?」

「ルイス様、わたくしの両親に頼まれたんですの?」


 ルイスは手を組み替えた。

 まだ子供だが、横顔も端整でいやに大人びている。


(ライオネル様同様、ルイス様も歳より大人っぽいわ)


 十代半ばのゲーム時を彷彿とさせた。


「確かに君の両親から君を任された。が、依頼内容は君が魔術を真剣に学びたがっているから、頼む、と」

「わたくし、本当に何もありませんの」


 ルイスは嘆息する。


「そうか」

「では失礼しますわ」

「……ああ」


 シャロンは部屋に戻ろうとしたが。


(そうだわ)


 この際話しておこうと再度椅子に座り直した。


「? どうした?」

「わたくしを心配してくださって、ありがとうございます」

「いや、別に私は君を心配してはいない」


 彼は清々しいほどきっぱりしている。

 実際、心配している訳ではなさそうである。

 だが気にかけてはくれているのだろう。


「わたくしは、ルイス様が心配ですわ」

「私が心配?」

「ええ。魔術に傾倒するのもよろしいですが、少々度が過ぎる気がするんですの」


 すると彼はむっとしたようにシャロンを見た。


「君に関係ない」

「ルイス様はおっしゃいました。わたくしたちは幼馴染だと」

「そうだが」

「ですのでわたくしからも、ルイス様に少しお話を。もっと違うものにも目を向けられては」

「たとえば?」

「そうですわね……陽の光を浴びて、走ってみるとか」

「意味なく走りたくなどない」

「気分爽快になりますし、身体にいいですわ」

「興味ない」


 彼はゲームで暗黒面に落ちそうになることがある。

 ヒロインに恋をし、バッドルートでは魔術を用い、閉じ込めることがあるのだ。

 そうなってしまっては困るのである。


 ヒロインが彼を選んだ場合、ハッピーエンドを迎えてほしい。

 なので予防策を講じておこう、とシャロンは目論む。

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