第10話 ゲーム時の片鱗

 皆、彼に礼をする。


「よくきてくれたね」


 ライオネルは華やかな笑みを浮かべた。


「エディも元気そうだ。ん? どうしてシャロンの腕を掴んでいるの?」


 不思議そうにするライオネルに、エディが説明した。


「姉様が心配で仕方なくて。放っておけないんです」

「心配?」

「はい。近頃、姉様はどこか変わってしまわれ。騙されそうで気がかりなんです」

「あはは」

 

 可笑しそうに、ライオネルは声を立てて笑った。


「その心配はわからないでもないかな」


 ライオネルは安心させるように、エディに声をかける。


「でもね、僕が気を付けるから、君が心配することはないよ。シャロンとふたりで話したいんだけど、いいかな?」

「……はい……」


 エディはシャロンから手を離す。


「姉様をどうかよろしくお願いします、ライオネル様」

「ああ」


 自分はそんなに心配されるような危なっかしさがあるのかと、シャロンは悩んだ。


「じゃ、行こうか」

 

 ライオネルはシャロンの手を取り、会場から出た。

 王宮の薔薇園を彼と歩く。

 色とりどりの薔薇が咲き誇っていて、幻想的で美しい。


「君と一緒にここを歩きたくて」

「綺麗で、目を奪われますわ」


 ライオネルは唇を綻ばせる。


「君のことを、エディはとても心配しているようだね?」

「そうなのです」


 シャロンは吐息を零し、髪をかきあげた。


「義弟は最近、心配性になってしまったようなのですわ」


 エディは公爵家を継ぐからか、色々なことが気にかかるみたいだ。

 前世の記憶があるのかとびっくりしたけれど、そうではないらしい。

 薔薇園を通りながらライオネルは眉を上げた。


「でも僕も心配しているよ? 君は以前と少し感じが変わってしまったから」

「ご心配なさらないでくださいませ」


 魔法学校に入学すれば、ハッピーエンドになるよう暗躍するが、今は外国語を中心に勉学に励み、武術を学びつつ、ふつうに生活すると決めた。

 後日ヒロインと攻略対象との仲を後押しする。悪役令嬢になるのだ。


(でもそれって具体的にどうすればいいのかしら?)

 

 自分にはゲームであった極悪なことを行うのは難しい。

 だが役回りを全うすることは必要だ。

 ヒロインと攻略対象との仲は、悪役令嬢の嫌がらせにより、深まったりするから。


(難易度が高いわね……!)

 

 周りに迷惑をかけず、誰も傷つけず、頑張るしかない。

 一応、声を張って、ヒロインに金切り声で難癖をつける必要があるため、発声法も学んでいる。

 ライオネルは足を止めた。


「君はいったい、何を抱えているの?」

「え?」

「前にも聞いたけれど、悩みがあるんでしょう?」

「……魔法学校の入学後のことを考えてみることがあるだけですわ」

「まだ先のことだよ」

「ええ」


 そうこうしているうちに、時間なんてものはきっとあっという間に過ぎ去ってしまう。

 うかうかしていられないのだ。


「魔力を持つ者は皆入学することになる、君も僕も」


 そこからゲームがはじまる……。


「魔法学校での何について考えているの? 魔力をうまく扱えるかと?」

「そうです」


 本当はゲームのどのルートを辿るか、命は助かるか、世界は救われるかが心配である。

 ライオネルは薔薇を手折って、シャロンに差し出した。


「君の魔力は高いし、今から考え込むことはないよ。美しいものを眺めれば、気が晴れる」

「ライオネル様、ありがとうございます」

 

 シャロンはライオネルから花を受け取ったが、指に棘が刺さってしまった。


「? どうしたの?」

「いえ……」


 シャロンの手を掴み、指先から、ぷくりと血が浮き出ているのを彼は目に映した。


「ごめん、棘が刺さったんだね」


 ライオネルは薔薇をシャロンから取り、ベンチに置く。


「怪我をさせてしまった」

「怪我というほどのものではありませんわ」


 彼はシャロンの指を唇に寄せ、血を吸った。


(え)


「ラ、ライオネル様……?」

 

 彼の唇のぬくもりを受け、シャロンは瞠目する。

 ふっと視線を上げた彼の麗しかったこと、色気の凄まじかったこと。


(九歳なのよね?)

 

 前世より平均寿命が短いということもあってか、この世界は精神年齢が皆高い。 

 エディは、子供のあどけなさがまだあるのだが、ライオネルはすでにゲーム時の片鱗が垣間見える。

 

 さすがメインヒーロー。

 前世の記憶があっても、ときめいてしまう。


(すごいわ)


「手当てをしたほうがいいね」

「い、いえ、平気ですわ」

「駄目だよ、行こう」


 彼はシャロンを促し、道を引き返した。

 宮殿内に入り、彼は医師に、シャロンの手当てをさせる。

 医師が去り、室内にふたりだけとなって、ライオネルはシャロンにやさしく問うた。


「痛くない?」


 シャロンは頷く。


「大丈夫です」


 刺さった瞬間は少し痛みが走ったものの、何ともない。


「ごめんね、これから気を付ける」


 ライオネルは棘の刺さっていないほうの、シャロンの手を握って、じっとシャロンを見つめる。

 彼の金の髪が、窓から入る陽光に煌めく。

 どぎまぎしてしまうが、いずれ婚約破棄となると思えば、複雑な胸中である。


「やっぱり、シャロン、どこかおかしい」

「そんなことありませんわ」


 彼はシャロンの顎に手を添えた。

 瞳をのぞき込まれ、シャロンは冷や冷やとした。


「ライオネル様?」


 彼のセレストブルーの瞳が甘やかに光る。


「たとえるなら。そうだな……君のなかに違う人格が入ったような感じだね」


(ぎく)


 当たらずとも遠からず。

 鋭い。

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