第11話 第二王子の登場

 前とは考えかたや感じかたが変わった。

 以前のシャロンを知る人間からみれば、別人のように感じるのかもしれない。

 彼は自嘲的に笑う。


「そんなわけはないのだけれどね」

「ええ、そんなことあるわけございませんわ」


 シャロンは笑顔で煙に巻く。

 ライオネルはシャロンを観察するように見る。


「でも前はもっと僕に甘えてくれた」


 記憶が蘇り、ベタベタくっついたりするのを恥ずかしく思うし、彼とは結婚しないとわかっている。


「甘えてくれていいのに」


 憂いを帯びた彼の眼差しから、シャロンは逃れるように目を伏せた。


 そのとき室内に、ノックの音が響いた。

 ライオネルが応じ、扉が開いて室内に侍従が入室した。


「陛下がライオネル様をお呼びです」

「父上が?」 

 

 ライオネルは息をつき、シャロンを振り返った。


「シャロン、すまない。少しの間待っていてくれるかな、さっきの薔薇園で」

「わかりましたわ」


 彼が侍従と去り、シャロンはほっとした。

 ライオネルの魅力はすごい。心臓が大きく跳ねてしまう。

 

 しかしどきどきしても、ゲームのキャラだとどこか客観的に捉え、以前のように盲目的に嵌ることはなかった。

 ただただメインヒーローに感心するばかりだ。

 シャロンは薔薇園に行って、ベンチに腰を下ろし、花々を眺めていた。


 するとひとつの声がした。


「兄上は君と望んで婚約したわけではない」


(え?)

 

 視線を向ければ、ブリュネットの髪に、紅碧色の瞳をした美少年がいた。

 ライオネルの弟、第二王子アンソニー・レイリオードだ。

 彼も攻略対象である。現在八歳だが、ゲーム時の面影があった。


「アンソニー様」


 彼はこちらまで歩いてくると、シャロンの横に腰を下ろした。


「君に忠告したくてな。父上に兄上を呼んでもらった」


 シャロンは小首を傾げた。


「わたくしに忠告、ですの?」

「そうだ」


 アンソニーは両腕を組む。


「君が勘違いして、兄上に迷惑をかけないように。兄上が君にやさしくするのは、好きだからではない。ただ婚約者だから、それだけだ」


 シャロンは頷いた。


「それはわかっております」


 彼は眉をひそめた。


「わかっている?」

「はい」


 ゲームはクリア済み。

 ライオネルが、シャロンのことを好きだったことはないと重々承知している。

 彼の初恋は、この先登場するヒロインなのだ。

 さらに言えば、婚約者だからシャロンにやさしいのではない。

 彼は誰にでもやさしいのである。罪なひとだ。

 

 ライオネルは非常にモテて、悪役令嬢は嫉妬し、彼に近づく異性に嫌がらせをしていた。


「ライオネル様にご迷惑はお掛けしませんわ、アンソニー様」


 アンソニーは胡乱な目をする。


「どうしたというんだ? 君はもっと自信たっぷりで、我が強く、兄上にべったりくっついていただろう」

「そんなときもございましたわね……」

「感じが変わっていないか」

 

 ふっと儚く笑む。


「現実を見るようになりましたわ」


 誰にも迷惑かけず、ゲーム開始まで静かに暮らす。

 はっきり描写されてはなかったものの、アンソニーはゲームでもこのように悪役令嬢に忠告していた気配があり、悪役令嬢は彼のことを苦手に感じていた。

 

 ゲームでアンソニーが現れると、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 アンソニーは兄の婚約者シャロンを認められず、文句を言いたくなるようだ。


「ライオネル様をどうかお支えくださいませ」

「君に言われるまでもない」

 

 ライオネルを支えようという気持ちがアンソニーは強い。兄を尊敬し、そして劣等感を抱いてもいる。

 王太子ライオネルは、なんでも器用にこなしてパーフェクトだから。


「ライオネル様を支えていただきたいですが、でも第一にアンソニー様ご自身のことをお考えください。あなたの人生はあなたのためにあるのですから。人生が豊かなものになるよう、ご自身の幸せを優先し、まず自分自身を大切になさってください」

 

 献身的にライオネルに尽くし補佐するアンソニーに、彼自身の人生をおざなりにしているように感じ、前世でもゲーム中、気になったのだ。

 彼はびっくりしたようにシャロンを見た。


「おれ自身?」

「そうですわ」

「おれは第二王子だ。重要でもないし、必要な存在でもまったくない」

「いいえ。ひとはそれぞれ、皆大切で必要な存在ですわ、アンソニー様」


 将来ヒロインが彼を選べば、世界を救うという役目がある。超重要人物だ。


「…………」

 

 アンソニーは、強く唇を引き結んだ。

 そこにライオネルが戻ってきた。


「シャロン、待たせてしまった」


 シャロンは立ち上がり、かぶりを振る。


「いえ」


 ベンチから立ったアンソニーに、ライオネルは視線を流す。


「アンソニー? おまえもここに?」

「ええ、兄上」 

 

 アンソニーは視線をさげる。


「ちょうど通りがかったので話を」


 アンソニーは立ち去ろうとし、シャロンにだけ聞こえるように声を発した。


「兄上を絶対に困らせないでくれ」

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