第9話 悪役令息
王宮でお茶会が開催され、シャロンはエディと出席した。
クライヴも付き添ってくれている。
エディはシャロンの横から離れず、なぜか険しい目で辺りを睨んでいた。
「どうしたの? 目つきがよくないように感じるんだけど」
エディはフンと鼻を鳴らした。
「ぼくがしっかりしなきゃ、姉様が大変な目に遭うのです!」
「?」
(わたくしが大変な目に遭う?)
「どういうことかしら」
「姉様はこのままだと地獄をみるでしょう!」
その言葉にシャロンは肝が冷えた。
(え、ひょっとしてエディは知っている……!? わたくしが悪役令嬢で、将来断罪されるってことを……!?)
エディも転生者なのだろうか。
シャロンは息を呑み込んで、義弟を凝視する。
「あなたまさか、この世界の真実を……っ!?」
「ええ、姉様よりこの世界のことをよくわかっています!」
(転生者……!)
シャロンは慄いた。
自分のほか、こんなそばに転生者がいたとは……!
灯台下暗しであった。
「近頃、姉様の頭から大切なことが抜け落ちています。ぼくが目を光らせていないと非常に危険です」
今の時点では危険はないはず。
見落としがあったのだろうか。
「姉様は愚かになってしまわれました」
「若様、お嬢様に対して──」
クライヴが口を挟むが、エディは無視して続ける。
「身分の違いすらわからなくなってしまわれたのですから」
気が気でないシャロンは、周りを見まわした。
「ちょっとエディ、来てちょうだい」
「? なんです?」
「大切な話があるのよ!」
シャロンはひとけのない場所に義弟を連れていく。
一緒に付いてきたクライヴは、ふたりの後ろに控えた。
シャロンはすうと息を吸い込み、義弟に重要なことを確かめる。
「エディ、本当にこの世界の真実を知っているの……?」
エディは顎を引く。
「はい、知っています。姉様よりも」
「な、なぜ?」
義弟は前世で乙女ゲーをプレイしていて、自分よりも熱心にやり込んでいたのか。
目を見開くシャロンに、エディは胸を張って答えた。
「それは、ぼくは世間知らずではないからです」
「あなたは……」
ごくり、とシャロンは喉を鳴らす。
「前世の記憶があるのね」
核心をついてみれば、エディは、え? と瞬いた。
「前世の記憶……」
「そう」
「姉様……まさか……」
彼も他に転生者がいるとは思わなかったのだろう。
(わたくしたちは姉弟で前世持ちだったのよ!)
「……前世などというものがあるとお考えなんですか、姉様?」
義弟はよもや、という顔をしている。
「あるでしょう?」
するとエディはやれやれと、頭を抱えた。
「そんなもの、あるわけないです! 命はひとつですよ。ひとつ。姉様はもう九歳ですよね。死を迎えれば、それで終わり! 死んだらそれで終了、完! なのです」
エディはさらに危機感を抱いた表情になる。
「やっぱり姉様は放っておけませんよ。まるで赤ん坊じゃないですか。このままだと本当に大変なことになってしまう……」
何やらぶつぶつ呟く。
どうやら彼は前世持ちではなかったようである。
(なんだ、違ったのね……! びっくりしてしまったわ)
「わたくし、おかしなことを言ってしまったようね」
「はい、本当に。ぼく頭痛がします」
「ごめんなさい。戻りましょう」
シャロンは力が抜けた。
同じ境遇の仲間がいたと思ったのだが。少々残念だった。
エディとクライヴと共に会場に戻る。
義弟のぴりぴり具合は先程より強くなっており、目つきもさらによくない。
見かねたらしいクライヴが言った。
「若様、周囲には俺が注意を向けておきますよ。若様がそんな用心する必要はございません」
きっ、とエディはクライヴを睨んだ。
「何言ってるんだ、必要あるよ! 僕は姉様の親族として、姉様を守らないといけない。クライヴ、ずっと思っていたけれど、おまえ胡散臭いんだよ。一番怪しいのはおまえなんだからね!」
「エディ……!」
シャロンはびっくりしてしまう。
どうして義弟はこうも攻撃的なのか?
ゲームでは心の中はどうであれ、外面はよかったのだが、今はズバズバときついことを口にする。
まるで悪役令嬢である。
(そういえばゲームで、悪役令息とキャラ紹介されていたわ)
シャロンは義弟に注意をした。
「エディ、そういう態度はよくないわ」
シャロンもゲームに登場していないクライヴを最初警戒していたが、今は信頼している。
「ほら。姉様騙されているし!」
義弟はしがみつかんばかりに、シャロンの腕を掴んだ。
「だから愚かだと言うんです」
「愚か……」
内心で毒ついているより、まあ、表に出しているほうが健康的か。
クライヴが静かに言葉を発した。
「若様。俺には何をおっしゃってくださって構いませんが、お嬢様にそのようなことをおっしゃるべきではありません」
エディは強く主張する。
「姉様は、このところおかしくなってしまったんだよ。ぼくが見ていないといけないんだ!」
「わたくしはあなたに見てもらわなくても、大丈夫よ」
十五歳時の記憶がある。エディよりも大分大人だ。
「シャロン」
そのとき後ろから声がした。
振り返ると王太子の姿があった。
「ライオネル様」
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