第8話 おかしくなった義姉

 次の稽古もエディはのぞきにきた。

 隠れているようだけれど、こちらからは丸見えである。

 

「一緒に身体を動かしてみましょう?」


 近づいていき、誘ってみると、エディはふるふるとかぶりを振った。


「ぼ、ぼくはそんな粗野なことしません!」


 ずっと見ているし、実は武術に興味があるのでは、と思うのだが。


「ぼくは勉強もありますし!」


 国外追放になったときのため、シャロンは外国語の勉強に励んでいる。

 どの国に追放されるか明らかでなかったので、複数の国の言語と歴史を学んでいた。

 自分も忙しく、公爵家の跡取りとなったエディが、大変なのは理解できた。

 

「身体を動かすのって、いい気分転換になるわよ。勉強ばかりだと、息が詰まってしまうでしょ?」


 運動することでストレス発散できる。

 エディは唇を噛みしめた。

 

「姉様には、わかりません。美貌をもち、この家の実子で、殿下の婚約者である姉様には。元々特別だから、何をしなくても価値があって」

「あなたの外見、整っているけれど」

「そんなことは重要ではありません。実子ではないぼくは、常に結果を出さないといけないのです。頑張らないといけないのです。息が詰まるなんて、言ってられないんです……!」


 溜まったものを吐き出すように叫んだ義弟は、涙目だ。

 

「エディ」


 飛び級で魔法学校に入ったのも、そういった思いがあってだったのだろうか。


「もっと楽にしていいわ。お父様やお母様が何か言うなら、わたくしから話すから。ここでわたくしがこうしていても何も文句言われないし、あなたも大丈夫よ。次からはあなたも一緒にしましょ」

「でも……」

「嫌なら無理にすることはないけれど、よく見に来ているから、もしかして一緒にしたいんじゃないかと思ったの」


 エディは横を向く。


「……一緒に運動したいわけではありませんが、するのが嫌というわけでもありません」

 

 気になってはいたのだろう。

 

「しましょ」


 シャロンは少々強引にエディを誘い、次から一緒に鍛錬することになった。



 エディはその日からよく喋るようになり、元気になった。




※※※※※




(姉様はどうしたの……)


 エディ・デインズは、おかしくなった義姉を訝しんでいた。

 数ヵ月前、エディはデインズ公爵家に養子に入った。

 親戚の子供たちの中から最も優秀だった自分が選ばれ、男子が生まれなかったデインズ家の養子になったのだ。


 両親と離れることはつらかったが、名誉なことだ。

 覚悟を決め、やってきたが、公爵家には一人娘がいた。

 

 シャロン・デインズ。

 将来の王妃になるといわれていた美しい義姉は、ちやほやされていた。

 王太子との婚約決定後は、より一層甘やかされ。

 

 エディは跡取りといっても、実子ではない。

 周囲に次期公爵として相応しいのだと、常にアピールしないといけない。

 優秀さを示す必要がある。

 だから勉強に励んだ。

 数年後入学する魔法学校には一番の成績で、飛び級で入るつもりだ。

 

 義姉が、屋敷の庭で剣を振り回しているのを見かけ、エディは気になった。

 なぜ王太子と婚約している義姉がそんなことを?

 謎で、様子を観察した。

 

 義姉は、元々冷たいひとだった。

 公爵家にやってきた自分を、義姉は鬱陶しげに見、冷ややかな言葉をエディに投げた。


「お父様とお母様の血を継いでいるわけではないのに、なぜ跡取りなの」「どうして他人を家族と思わなければならないの」と──。


 自分たちは親戚といっても遠い親戚で、血は薄い。

 全面的に受け入れてもらえるという期待はしていなかったが、寂しかった。


(独りぼっちだ)


 心を守るため、この家の全てから距離を取ったほうがいいと思っていたとき、義姉の様子が変わった。

 今までエディに向ける目は冷たく、かける言葉は傷つけるものだったのに、眼差しも言葉もあたたかいものとなった。


(姉様はどうしたんだろう?)


 以前の義姉の言動は、貴族として理解できるものではあった。

 しかし今の義姉はわからない。まったく掴めない。


(使用人なんかと仲良くするし)


 義弟の自分より、もっとずっと他人じゃないか。

 エディより身分もはるかに下だ。

 なのに、打ち解けて喋る。

 

(使用人とそんな仲良くするなら……義弟のぼくとしてくれればいいのに……)


 本心でエディはそう思った。

 家族として受け入れてほしい。

 デインズ公爵家にやってきて、誰も知り合いがおらず、孤独だったけれど、弱音は誰にも吐けなかった。

 

 義姉はよくわからないひとになってしまったが。今のシャロンと過ごすと、苛立ちもするが、ほっと安心もする。

 一緒に鍛錬し、会話を交わす時間は、エディにとって大切なひとときだ。

 

 義姉はお人好しで、身分の違いも判断つかなくなっている。

 このままでは、きっと悪い人間に付け込まれ、騙されてしまう。


(ぼくがしっかりしないと。いつも姉様についていなきゃ!)


 今のシャロンのほうが前よりずっと好きだが、心配で仕方なかった。

 そばで見張っておこう。

 強く利口に、悪賢いくらいになって、義姉を守ろう、とエディは決心したのだった。




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