第三話 知人
商業都市 『ウィルバーレ』は、昼夜問わず賑やかだ。道はだだっ広く、馬車が通る道路と、それを挟む石煉瓦の歩道が町中に繋がっている。そして、道なりに沿って豪勢な商館や魔導店、安い宿が並んでいる。娘は道路を見る。ゴタゴタと動く馬車の荷台には、樽や沢山の麦束が乗っている。
「君。」
イツキは馬車の進行に夢中になって見ている娘を少し声を張って呼ぶ。娘はまっ、と声を出し少しキョロキョロした。最初は少し慌てた様子だが、見つけたと思うとすぐ晴れた笑顔でトテトテとイツキの後を追う。まるで父を追う小さい子供だ。娘は陽気に振る舞おうと目線を合わせる。
「この後はどこにいくんですか?」
「僕の知人が経営している商館。」
イツキはまるで娘に興味がない。名前を聞いてくることはなかった。その上、一切娘の方を見ない。愛想がないを通り越して冷たい彼の態度に、娘は一瞬唇を噛むが、すぐに笑顔を取り戻し、一生懸命追いかけた。
都市の門から数キロ歩き、漸く、その知人の商館とやらに到着した。
「ここは、噴水でしょうか?」
娘の言う通り、この場には寂れて枯葉で満たされた広場だった。ベンチは木が剥がれてもう座れない。噴水にも枯葉が入り込んでいる。噴水の水、広場の石畳、どれも美しい場所ではあったが、建物らしいものはない。娘は困惑していると、イツキは先立って、噴水の前のベンチに腰掛けた。古ぼけて座れないほどなのに。彼のズボンが少し木に食い込み、彼に痛みを与える。だが、気に留めず、彼は娘を手招きした。招かれるがまま側に立ち寄る。
「––––」
イツキは何かを呟いた。
すると、足元に、魔法陣が浮き上がる。青白く輝くそれに、困惑している娘、落ち着いた表情で足を組んで待つイツキ。彼等の周りに、背後からツタが押し寄せる。ツタは徐々に形を帯び、二人を包む。そして、終いには出口のない単なる空間となった。ツタなのに、白い壁、まるで建物の中に居るようだ。そして、最後のツタがアーチを描き、地に落ちる。赤く古いサムラッチ錠のドアとなった。イツキはドアを、ノックもせずに入った。ドアの先は、何故か部屋となっている。壁の一面に本棚があり、それらは全て本で敷き詰まっていた。談話する為のソファもあり、蝶の標本や、暖炉もあり、お洒落だ。
「やぁ、ウラド、ノックぐらいしてくれ。」
滑らかな中性的な声がした。
「君なら、魔力探知でわかるだろう。ベリアール。」
「まぁね。」
娘はキョロキョロしていたが、声の方向を見た。すると、ガラス窓の前に座った青年がいた。彼は書斎机の上の書類を指で指揮を取るように動かす。すると、本や紙が続々と、ふわっと浮いては、本棚や引き出しの中にしまわれていく。その最中に、青年は娘を見ては驚きと歓喜に包まれたように娘をマジマジと見ながら立ち上がった。
「おや?おやおやおや?–––何だよ!ウラド!お前というやつは、妻を手に入れるとは、想像もつかなかったよ!」
イツキに抱きつき、ものすごく流暢に話し出す様子に娘は困惑した。イツキは逆に怪訝そうに男性を引き剥がす。
「妻じゃないよ。」
「え!?違うのかい?」
「買ったんだ。20ルネーで。」
「安いねぇ。大事にしなよ。人材は有限だから。」
「わかっている。」
上品に笑いながら、男性は席に戻る。
すると同時に、イツキは朝袋を投げ飛ばし、男性はまた違う麻袋を投げ渡した。受け取った拍子に、チャリンと音がした。報酬だろう。
「オカミーのツノ、ご苦労。報酬は40テルタだ。そのうち、預かっておく金額は10テルタだよ。」
「中身を見ないのかい?」
「そっくり返すよ、その台詞。生憎、僕の友人は、君以外死に絶えた。」
「僕と君が?」
イツキは眼を見張る。男性は羽根ペンを持ってにこやかだ。
「そう、似た者同士だから、僕は君を信頼しているんだ。」
娘はこの空気に割って入る勇気も、資格もなかった。故に、その場に立ち尽くして待つ。男性はニコニコしながら、娘の方を見る
「初めまして。僕の事は好きに呼んでくれ。ウラドからは、【ベリアール】と呼ばれている。ティナ、宜しく。」
「てぃな?」
「こいつは勝手に名前を呼ぶのが好きなんだ。」
イツキは呆れた口調で言った。
「そ、そうですか、よろしくお願いします。ベリアールさん」
「ちなみに、コイツはウラドと呼ばれるのが好きなんだよ?」
「うるさい。」
冷たくあしらうウラドに、ベリアールは笑う。
そして、ベリアールは新たな紙をイツキに手渡した。
「次の依頼は、【マナの書】だ。」
「魔法動物ではないのか。」
「うん、書物の中の物に情報がある。」
「場所は?」
「話では、『ウィルバレア』という都市だ。」
あそこは、遠い。となると、また長い旅になる。だがまぁ、こういった長すぎる旅には、同伴者もいる。イツキは無言で紙を受け取り、またドアの元へ向かった。
「ティナ。」
イツキが出ていった後に、ベリアールはティナを呼び止めた。ティナはドアノブに手をかけていたが、振り返り際に手を離した。彼は既に本当に近くまで寄ってきていた。音もなく。急すぎて驚くことはなかった。
「これ、持っていってね。君の私物と、ウラドに。」
そういうと、目新しい鞄と、傘だ。二本分。片方は真っ黒だが、もう一方は白い。
「奴に言っておいて、『目的は話せ、陽に弱いくせに強がるな』ってね。僕は、寂れた所が好きなんだ。だから、人気のない綺麗なところで待ってるね。」
日に当たり、影の輪郭をハッキリを浮かばせながら、手を振って見送るベリアールを背に、ティナはドアから出ていった。外は、すっかり暗くなっていた。
彷徨える貴方 黒井基治 @Beriar1584
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