第42話

「そんな。わざとここに来るなんて!」

穂波は目を見開き、そしてまた泣きました。

「穂波、ここから一緒に逃げよう」


「逃げるって、どうやって?」

「私が仕事をしている場所は外へ通じる穴の下なの。そこにはロープもあるし、どうにか這い上がることができると思う」


「這い上がる……」

穂波が自分の足を見つめました。

その足も枝のように細くて、すぐに折れてしまいそうです。


「この部屋に送られてきてから、あまり食べれてないの」

「食欲がないの?」

「ううん。食べ物を持ってきてもらえないの」


穂波はそう言うととても重たそうに立ち上がり、部屋の奥へと向かいました。

私もそれに続きます。

部屋の隅には透明なビニール袋が置かれていて、穂波はそれを持ち上げました。


ツンッとくる刺激臭がその袋から漂ってきて、これには思わず鼻をつまみました。

「これ、なんだと思う?」

中には黒い塊がいくつか入っていますが、それがなにかわかりませんでした。


「これが、私達に与えられる食べ物なんだよ。果物とか野菜だけど、全部腐ってる」

「嘘でしょ……」

「水も、ペットボトルの底に方に少しだけ残っているものが投げ入れられるだけ。喉が乾いてどうしようもないときは、腐ったものの汁も飲むの」


それは人間の扱いではありませんでした。

私がしている労働もかなり過酷なものでしたけれど、ここには想像を絶する世界があったんです。

「私達は使い物にならないから、後は死ぬのを待つだけなの」


「そんな……! 使い物にならないから、家に返してあげればいいのに!」

だけど穂波は左右に首を振ります。

そんなことが叶うような場所ではないと、私ももうわかっていました。


大きな病気やケガをすれば、後は死を待つだけになる。

そんな部屋に連れてこられても穂波は必死に生きてきたんです。

生きる気力は十分にあると感じました。


「穂波、とにかくここを出よう」

「でも外には先生がいる」

「今なら平気。早く!」

私は穂波の手を掴み、また人と人の間を縫うようにして部屋を出たのでした。

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