第40話
普段お腹を冷やして痛くなる場所とはちょっとズレていましたけれど、それを見た先生の目つきが少しだけ代わりました。
「ふん。盲腸かもしれんな」
どうやら私が押さえた場所は盲腸の可能性があるみたいです。
「じゃあ何日か休ませないといけませんね」
「だな。後はこっちで面倒を見る」
先生がそう言うと、女の人は仕事を終えて帰っていってしまいました。
先生とふたりきりになった私は、先生がなにかを準備している間に医務室の中を見回しました。
6畳くらいの部屋の中に沢山の薬があって、細長い冷蔵庫のようなものもあります。
部屋の奥にはドアがひとつあって、そこが先生の部屋になっているのかもしれません。
そんなことを考えていると先生がこちらへ向いたので咄嗟に演技の続きをします。
「痛い、痛い」と繰り返してお腹を押さえていると、先生が注射器を持って近づいてきました。
「ひとまず鎮静剤を打ってみるか」
それは患者へ向けての説明ではなく、なんとなく呟いただけのようです。
元気な私が注射を打つとどうなるのかわからなくて、恐怖心が湧いてきました。
先生は腕を消毒することもなく、汚れたままの私の腕に注射器の針を突き立てようとしました。
「いや!」
さすがに我慢できなくて叫び、上半身を勢いよく起こすとベッドの横にあった点滴スタンドを両手で掴んで先生の頭目掛けて振り下ろしました。
「ぐわっ!」
点滴スタンドを頭部にくらった先生はそのまま床に横倒しになって、その拍子に頭を更に強くぶつけてしまいました。
大丈夫かなと心配になりましたけれど、こんな場所で立ち止まっているのは危険です。
先生の意識がないことだけを確認すると、私は奥にあるドアへと向かいました。
この奥が先生の部屋だとすれば、なにか使えるものがるかもしれないと思ったからです。
もしかしたらシャワー室とかもあるんじゃないか。
そんな期待をしてドアを開けたんですが……。
開けた隙間から流れでくる異臭に鼻が歪みそうになりました。
私もここへ来てから1度もお風呂に入れていないので十分臭かったんですが、その非ではありません。
人の汗とか血とか尿とか、そういうものが混ざった臭いです。
この奥にあるのは先生の部屋ではないとわかっても、そこから引き返すわけにはいきませんでしまた。
だって、ドアの隙間から漏れてきたのは異臭だけではなくて、人のうめき声もだったんです。
それもひとりやふたりの声じゃありません。
何十人もの苦しそうな声が聞こえてきます。
私は背筋にゾクゾクと冷たいものが走っていくのを感じながら、勢いをつけてドアをすべて開きました。
そこにはオレンジ色の豆電球が揺れていて、地面に直接人が横になっていました。
一応布団が引かれていますけれど、それには赤い汁や黄色いウミなどが染み込んでいて、とても不潔でした。
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