第33話

「心配せんでもええよ。ロープには滑車がついとるから、少しは軽くなってるから」

滑車については学校の理科で習いました。

滑車をうまく使えば半分の力で物を持ち上げることができることも、知っています。


「作業は明日の朝から開始する。準備しておくように」

女性はそれだけ言うとさっさと部屋を出ていってしまいました。


ここの関係者であれば穂波のことを知っているかもしれないと思ったのですが、それを質問できる雰囲気ではありませんでした。

女性が出ていった後に緊張が解けて大きく息を吐くと、佳苗ちゃんが真剣な表情でこちらを見つめてきました。


「あの人たちには人探しのためにここに来たとか、言うたらあかんで?」

「え、どうして?」

「そんなん聞いても教えてくれるわけないやん。あの人ら、子供を利用してるんやから。わざとここに入り込んできた子がおるってバレたら、なにされるかわからんで?」


脅しのようなことを言われて少しだけ決意が揺らいでしまいました。

私はまださっきの女性にとしか会ったことがないけれど、もしかしたらここにはとても怖い大人が沢山いるんじゃないでしょうか。


とにかく、ここでは佳苗ちゃんが先輩です。

先輩のいうことは聞いておくのが一番ですから、私はうんうんと、何度も頷いておきました。


☆☆☆


ここへ来て最初の日は狭い部屋の中にいることが私の仕事でした。

落ち着いてから自分のスカートのポケットの中を探ってみたけれど、中身は空っぽでした。


普段からここにはハンカチとティッシュ、それにキッズスマホを入れているので大いに焦りました。

「どうしたん? もしかしてなんかなくした?」


「うん。私のスマホがない」

ポケットを両方ともひっくり返して確認してみても、ほこりが出てくるだけです。

「あぁ、通信機器はここに来たときに回収されてるはずや。私も持ってたけど、いつの間にかなくなってたもん」


「そんな……」

スッと血の気が引く思いがしました。

実際に顔色が悪くなっていたようで、佳苗ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んできました。


「大丈夫? 初日やから、そりゃキツイわなぁ。でもな、ここって地下やからスマホがあってもどうせ外には通じないねん。色々不安で誰かに話したくなるかもしれんけど、親や友達への連絡手段はないねん」

連絡手段はない。


そう聞いた瞬間泣いてしまいそうになりました。

だって、正樹と約束をしました。

絶対にキッズスマホを持っているようにと。


それは正樹がキッズスマホを元に私の居場所を突き止めるからとか、そういう意味合いがあったのだと思います。

それだけが外と繋がり合うための頼みの綱だったとも言えます。


それを奪われてしまった私は突然ひとりぼっちになってしまったような気分になりました。

「大丈夫大丈夫。ここの生活にだって、すぐに慣れるからさ」


佳苗ちゃんが私の肩を抱き寄せて、背中をよしよしとなでてくれます。

そのせいで余計に涙が出てきて止まらなくなってしまいました。


私はまた正樹に会うことができるんでしょうか。

不安で不安でなりませんでした。


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