第25話

☆☆☆


問題の2学期の開始です。

私は『人間的評価』とわざと低くするため、あえて宿題をすべて家に忘れて登校しました。


教室内で先生が宿題を集め始めたときには心臓がドキドキして、背中と手のひらに汗が滲んで出てきました。

「久保田さん、宿題はどうしたの?」


少しも提出する素振りを見せない私に、先生が不思議そうな顔で質問して来ました。

きた!

私はごくちと唾を飲み込んで「忘れました」と、みんなに聞こえる声で言いました。

「忘れたって、全部?」


「はい。夏休みの友も、自由研究も、習字の作品も、全部やってません」

その発言に教室中がざわめきました。

なにせ私は6年生になってから宿題を忘れたことは1度もありませんから、先生も驚いて固まってしまっています。


「それなら明日持ってきなさい」

「いいえ先生。私は宿題をやっていませんと言ったんです」

やっていないものは持ってこられません。


家に戻れば最後まで解き終えた夏休みの友や、できあがった工作がある。

だけどそれを提出する気はありませんでした。

お母さんやお父さんにバレないよう、段ボール箱につめてクローゼットの一番奥にしまってあります。


先生はだんだんと私が言ったことを理解したようで、顔を真っ赤にして近づいてきました。

絶対に怒られると思って本当はとても怖かったんですが、私はわざと笑いかけて見ました。


それも、とびっきり意地悪な笑顔です。

「なにもしてないって、どういうことですか?」

先生が私の机の前で仁王立ちになって言いました。


「そのままの意味です。夏休みの宿題はしませんでした。だから持ってこれません」

優等生で通っていた私がこんなことを言うなんて思ってもいなかったのでしょう。

先生は目を吊り上げて鼻から熱い息を吐き出しました。


「なにを考えているんですか!? あなたは夏休み中になにをしてたんですか!?」

先生のかな切り声は廊下まで響きます。

もしかしたら隣のクラスまで聞こえていたかもしれません。


「海に行ったり、山や川に行って遊んでいました。あと、テレビゲームも沢山しました」

本当はいなくなった子たちについて調べていた時間が一番多いのだけれど、もちろん言いません。

「先生、もしかして羨ましいんですかぁ?」


嫌味な声を出してそう質問すると先生が両手で私の机を叩きました。

その衝撃は床を伝って私の椅子を震わせました。


恐怖心が湧き上がってきても私は笑みを絶やさず、ニヤニヤと先生を見つめ続けました。

本当に嫌なヤツって感じですよね?

演技をしながら、私もそう思っていました。


「廊下に立っていなさい!」

先生が震える声で叫ぶので、私はわざと両耳を指でふさいで「うるさいなぁ」と文句を言いながら席を立ちました。


そして教室を出る時にわざと大きな音を立ててドアを閉めます。

私がいなくなると教室内がざわめき、『どうしたのかな』『あんなの瑞希ちゃんじゃないよね』という声が聞こえてきます。


友達やクラスメートにはとても申し訳ない気持ちになりました。

だけどこれはやるべきことなんです。

今日からの私は普段の『瑞希ちゃん』ではなくなるのです。


私は先生に言われた通り廊下に立っていることはせず、そのまま家に帰ったのでした。


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