第17話

早く帰りたい。

そんな気持ちになっていましたけれど、肝心の5年生の頃の通知表を確認できなければ帰ることもできません。


私は居心地が悪くなってきて、何度か座り直しました。

それからようやく3年生の成績表になりました。

3年生になると少しずつ勉強も難しくなってくるので、3という数字が見え始めました。


でもこれくらいは珍しくありません。

私も3年生のころから3という数字を取り始めました。

それに関してお母さんやお父さんになにかを言われたことはありません。


『これくらいでいいんだよ』と、お父さんに頭を撫でられた記憶ならあります。

そして、問題だったのは大輔くんの成績表にある右側の欄でした。

こちらも今までは3の評価が多かったのに、突然1や2が出てき始めたのです。


『すすんで行動することができる 3』『責任感がある 2』

『身の回りのことがひとりでできる 2』『友達と仲良くできる 1』

特にひどかったのは友達関係のようです。


だけど私達は大輔くんがどんな生徒だったのか知らないので、なぜこの評価がついたのかわかりません。

「おば……お母さん。どうしてここが1になってるんだと思う?」

正樹がたどたどしく質問します。


すると大輔くんのお母さんは一瞬悲しそうな顔をして「友達をイジメていたのよ。忘れちゃった?」と、聞いてきました。

「イジメ?」


「そうよ、だけどあれは相手の子が悪かったの。最初に大輔の靴を隠したり、ハンカチを盗んだりしたんだから」

思い出すのも嫌だという様子で顔をしかめていました。

お母さんとしては思い出したくないことが、小学校3年生の頃にはあったみたいです。


でも、イジメを受けてやり返すときは、同じようにイジメてはいけない。

話し合いとか、大人の人を真ん中に挟まなきゃいけないと先生に言われたことがあるので、大輔くんのやり方も間違えていたんだと思います。


だから、成績表に1がついてしまったんです。

それから4年生の頃の成績表になると、お母さんの顔が曇ってきて口数も少なくなってきました。


科目ごとの評価は2ばかりになり、唯一の5は体育だけ。

右側の評価に関しても1が増えていました。

3年生の頃の出来事がキッカケになって、大輔くんに変化があったんだと思います。


友達とうまく行かず、学校で孤立していたとか。

そう思ってみていると、先生からのコメント欄に『少し乱暴なところがあります』と描いていることに気が付きました。


大輔くんはイジメを受けて同じ方法でやり返して、そのまま乱暴者になってしまったのかもしれません。

勉強もろくにせずに喧嘩ばかりしていたのかもしれません。


「大丈夫よ、大輔はとてもいい子なんだから」

お母さんはそう言って正樹の顔を引き寄せ、抱きしめました。

その目に涙が滲んでいることに気がついて、私はすぐに目をそらしました。


大人の人が泣いているのはあまり見たことがありませんでしたから、どうすればいいかわからなかったんです。

ドラマとか映画の中で演技で泣いているのとは、わけが違います。


正樹もどうすればいいかわからないようで、お母さんにされるがままになっていました。

しばらく正樹のことを大輔だと思って抱きしめた後、ようやく正樹は開放されました。


その顔は耳まで真っ赤になっていて、色々と恥ずかしかったのだろうなと思いました。

そして問題の5年生の頃の成績表です。


ネットで調べたところ大輔くんも夏休み中にいなくなってしまったようなので、この成績表は5年生の1学期で終わっているはずです。


早く確認したいのに、大輔くんのお母さんはなかなかそれを開こうとしません。

ジッと成績表を見つめたままかまったってしまったのです。

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