第16話
「あるわよ。ちょっと待っててね」
大輔くんのお母さんは「食べててね」と言いおいてキッチンを出ていきました。
「あの人、どう思う?」
小声て聞くと正樹はしかめっ面をして左右に首を振りました。
「普通じゃないと思う。でも、子供がいなくなってるから仕方ないのかも」
そう言ってご飯に箸を近づけました。
「食べるの?」
「いや。食べたように装っておくんだ」
正樹は箸でご飯をかき混ぜてそれっぽく見せていました。
私はホッと胸をなでおろし、それから部屋の中を見回しました。
キッチンにも大輔くんの写真が沢山飾られています。
ここには大輔くんが産まれた時の、赤ん坊んの写真が多いみたいです。
大輔くんを抱っこしている女性はお母さんで、その横に立っているのがお父さんなのでしょう。
お父さんもスリムな体をしていて、まるでモデルみたいです。
もちろんこの写真はかなり昔のものですから、今は違っていると思います。
そういう写真を見ながら待っていると大輔くんのお母さんが成績表を持って持ってきて来れました。
それは小学校5年間すべての成績表で、5枚もありました。
「最後にもらった成績表だけでよかったのに」
正樹はそう言いましたが、私達の説明不足が悪かったのです。
成績表を持ってくるようにしか伝えなかったのですから、すべての成績表が出てきても不思議ではありません。
問題だったのは、大輔くんのお母さんが1年生の頃の成績表から順番に見ていこうとしたことでした。
「これは1年生の頃の成績表。懐かしいでしょう? この頃はまだ勉強もできてたのよねぇ」
そんな言い方をすると言うことは、大輔くんは5年生になるころにはあまり勉強が得意ではなくなっていたのでしょう。
それでもお母さんは懐かしそうに目を細めて成績表を隅々まで見ていきました。
「5年生の頃の成績表を見せてよ」
正樹が手を伸ばそうとすると、お母さんの手が5年生の頃の成績表を取り上げてしまいました。
さっきまでの優しい表情はどこへやら、険しい顔つきで「見るなら順番に見なさい」と言いました
一瞬、このお母さんは別におかしくなんかなっていなくて、普通なんじゃないかと思いました。
それでも大輔くんの面影を探して正樹を大輔くんに仕立て上げているだけかもしれないと。
でも、真相についてはわからないままです。
これ以降、私達は吉岡家を訪れてはいませんから。
でも、この長い長い説明が終わった後に、ちょっと寄ってみることはできるかもしれません。
大輔くんのお母さん、元気でいればいいですけれど。
「ほら見て、『責任感がある』と『すすんで行動することができる』は先生から3をもらっているのよ。大輔はずっといい子だったのよ」
先生からのコメント欄には明るくて活発な子だと書かれていました。
1年生の頃の大輔くんは確かにいい子だったんでしょう。
次は2年生の頃の成績表です。
ここでもまだ成績はいいようです。
4と5の数字が並んでいて、それを見直しているお母さんも嬉しそうな顔をしています。
「いい子なのよ。私の大輔はとってもいい子」
成績表を見ながらつぶやくお母さんの姿は、まるで自己暗示をかけているように見えて、少し怖く感じました。
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