第15話

しばらく待っていると真っ白なタオルを持った大輔のお母さんが戻ってきました。

私達は玄関先でそれを受け取り、丁寧に体を拭いていきました。

その間大輔くんのお母さんは廊下に座り、ニコニコと笑顔をこちらへ向けていました。


優しい人だな。

最初はそう思ったんですけれど、なにか違うかなとすぐに感づきました。

大輔くんのお母さんはずっとこちらを見て笑っているだけなんです。

さっきのように話をするわけでもなく、どうしてここへ来たのか質問するのでもなく。


普通、急な来客があれば何の御用ですか? って質問をしますよね?

だけどなにも言わずに笑っているだけなんです。


なんとなく気味が悪いなと思ったんですけど、正樹は気がついていないみたいでした。

好みのタイプだったからだと思います。

「タオル、ありがとうございます」


正樹がそう言ってタオルを差し出すと、大輔くんのお母さんはそれを丁寧に受け取りました。

そして立ち上がると「さぁ、上がって、お風呂もできているわよ大輔」と言ったのです。


一瞬聞き間違いかと思って正樹と目を見交わせました。

だけど、聞き間違いじゃありませんでした。

リビングへ通された私たちはその部屋に驚いて入り口で立ち止まってしまいました。

そこには子供の写真があちこちの壁や棚の上に飾られていたんです。


きっと、大輔くんの写真だったんでしょう。

写真の中の男の子はすごく活発そうに微笑んでいて、カメラへ向けてピースしています。


中には運動会で1位の旗を持っているものもありました。

大輔くんは運動が得意みたいです。

「さぁ大輔、こっちにおいで」


お母さんに呼ばれて視線を向けると、キッチンのテーブルにご飯が用意されていました。

ひとりぶんです。


「あの、俺たち話を聞きたくて来たんです」

「そう。それなら座って」


会話が通じているのかどうか不安がありましたけれど、私達はとりあえずキッチンの椅子に座らせてもらうことになりました。

昼ごはんには遅く、晩御飯には随分と早いのにと思いながら、正樹の前にあるおかずを見つめました。


ハンバーグにロールキャベツにオムライス。

すごく豪華で唾が出てきてしまいました。

私の家でもそれぞれの食材が別々の日に並ぶことはありますが、一度の食事でこんなに沢山のものが出てくることはありません。


「帰ってくるのをずっと待っていたのよ、大輔」

大輔くんのお母さんは正樹を見て言います。

正樹はチラチラと私に視線を投げかけてきました。


ようやく、この女性の異常さに気がついたみたいです。

「大輔の好きなものばかりを作ったのよ。さぁ、食べて」

「あ、ありがとう、お母さん」


正樹がぎこちなく返事をして箸を持ちます。

だけどもちろん、口にはつけません。

おかずの中になにが入っているかわからないからです。


「ところで、俺の成績表ってどこにあるかな?」

正樹はそのまま話を続けました。

どうやら大輔くんを演じながら話を聞き出すつもりのようです。


私はというと、まるで透明人間にでもなったような気分でした。

玄関先までは確かに存在していたのに、部屋に入ってからはまるっきり私が見えていないようなのです。


大輔くんのお母さんは大輔くんがいなくなってしまったことで病気になったのかもしれない。

見た目が綺麗だからといって、内面まで変わりがないとは限りません。

大輔くんのお母さんは中身はこわれてしまっていたのです。

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