第9話 成績表

最後に穂波と会ったのは、夏休みに入る前の日でした。

その日の穂波は体調がよくて教室へ来ていたのです。

「穂波、体調大丈夫?」


成績表を受け取ったあと何気なく近づいて声をかけると、穂波は青白い顔をこちらへ向けました。

以前から線の細い子だと思っていましたけれど、このときは更に体の線が細くなったように感じてドキリとしたのを覚えています。


成長期に入って身長は伸びたのに体重はほとんど変わっていない。

そういうことが関係していたのかもしれません。

「うん。大丈夫」


笑顔で頷いてくれたのでひとまずホッとして私も笑い返しました。

だけど穂波からはすぐに笑顔が消えて、代わりに眉間にシワがよりました。

「穂波どうしたの? やっぱり具合悪い?」


「ううん。そうじゃないよ。この成績表なんか変だなって思って」

そう言うと穂波は教科ごとの評価部分を折り曲げて成績表を見せてきました。

○○小学校の成績表は左側が科目ごとの評価。


右側が生活態度や先生からのコメントになっています。

右側の上の欄から言うと『進んで行動することができる』『責任感がある』『身の回りのことがひとりでできる』『友達と仲良くできる』という欄があり、その横には1から3の数字が書かれています。


1が『あまりよくない』2が『ふつう』3が『よい』という三段階評価です。

「これが、どうかした?」

穂波はあまり学校に来ないのでこの辺りの評価はあまりよくないようです。


そこには触れずに私はそう聞きました。

「こんな欄、あったっけ?」

穂波が指差したのは一番最後の『友達と仲良くできる』という欄の更に下にありました。


目で読んでみると『人間的評価』と書かれています。

「えっと、ちょっと待ってね」

私は今もらってきたばかりの成績表を広げて確認しました。


一番最初に目につくのはやっぱり科目毎の評価です。

ザッと見ただけで3と4が多いことを確認して、それから成績表の右側を確認しました。


そこには『進んで行動することができる』『責任感がある』『身の回りのことがひとりでできる』『友達と仲良くできる』と書かれているだけで、その下には先生からのコメント欄があるだけです。


『友達と大切にできる、優しい子です。勉強も頑張っていて、進んで発言できます』

と書かれていて、嬉しい気持ちがこみ上げてくる。

「そんな欄、私の成績表にはないよ」


穂波と同じように科目ごとの評価が見えないように折り曲げて見せると、穂波がため息をはきました。

「これ、なんだと思う? マイナス100とか書かれてるんだけど」


そう言われてもう1度よく見てみると、確かに三段階評価のところに『-100』と書かれています。

こんなのを成績表で見たことはないですけど、マイナス100なんて書かれたらいい気持ちにはなりません。


いくら穂波が学校を休みがちだからといって、この評価はおかしいですよね?

「そうだよね……先生に聞いてみようよ」

私が言うと穂波は座ったまましばらく考えて、やがて左右に首を振りました。


「ううん。大丈夫。気にしないことにする」

そう言うと穂波は成績表をカバンにしまい込んでしまいました。

気になっているに違いなのにその後穂波から成績表の話をされることはありませんでした。


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