第20話・魔王の背中に刻まれた獣痕……露天風呂で二人っきり

 モモ太郎たちがロシナンテから教えられた、森で見たという真珠色の侵攻卵の所に着いた時には。

 すでに卵は割れていて中には何も入っていなかった。

 しゃがんだモモ太郎が、卵の殻の内側に残っていた、卵の白身のような粘液を指先で拭って匂いを嗅ぐ。

「若い男の匂い……異世界国から、いったい何が来たんだ?」


 ガラガラ・ドンが割れた卵の中を覗くと、グルグルと回転する極彩色の渦巻き模様があり、渦が『通行止め今は一方通行ごめんね♪』の文字が現れては、また渦巻きの模様に変わっていた。


  ◆◆◆◆◆◆

  

 魔王は裸のまま、森近くの街道に出て、大樹根元で膝を抱えて座り恥じらってた。

 そこへ、洋服の仕立て道具が入った革の手提げカバンを持った、仕立て屋がブツブツ言いながら歩いてきた。


「裸の女王なんて、どこにもいやしねぇ……最近は裸の王女もいやしねぇ、ちょっとあの大樹の下で一休みするか」

 大樹の反対側のに回った、仕立て屋はそこに膝抱え座りをしている、全裸の魔王を見て驚いた。

「わっ、驚いた……裸の王子じゃないな、裸の魔王か。どうした山賊にでも身ぐるみ剥がされたか?」


 魔王は異世界国からモモ太郎に抱かれるために来たと、仕立て屋に告げた。

「ボクは、異世界国の侵攻を止めたい……そのために、モモ太郎に抱かれるために童話国に来ました」

「ふ~ん、あんたが異世界の魔王か……ちょっと待ってな」


 そう言うと、仕立て屋は革の手提げカバンの中から、バカとアホには見えない衣服を取り出して魔王に見せた。

「どうだ、なかなか見事な刺繍ししゅうだろう……この服はバカとアホには見えない不思議な服だ」

 魔王は、仕立て屋が持っているフリをしている、見えない服を凝視して言った。


「服なんて見えませんけれど?」

「あんたは、真っ直ぐな心の持ち主だな……気に入った、服をタダで作ってやるよ。体のサイズをオレの体を使って計るから立ちな」

 仕立て屋は、立ち上がった魔王の背中に腕を回そうとして一瞬躊躇ちゅうちょする。

「その背中は……いや、オレもプロの仕立て職人、お客の過去は検索しない」


 魔王の体のサイズを自分の体を使って計測した仕立て屋は、あっと言う間に赤い服を仕立てた。

 サイズがピッタリの服に喜び、礼を申し出る魔王。

 仕立て屋は手を大きく横に振る。

「礼はいいってことよ。オレにはあんたが悪い魔王には思えねぇからな」

 さらに仕立て屋は、着衣した魔王に金貨や紙幣の入った布袋を渡して言った

「どうせバカな王女や女王をダマして得た仕立ての金だから……好きに使い切りな」

 そう言い残して、仕立て屋は去って行った。


  ◆◆◆◆◆◆


 温泉街の童話町、町のあちらこちらから温泉の湯気が立ち昇っている──異世界国の魔王は、モモ太郎を探しと空腹を満たすために町の食堂に入った。

「このお金で何か食べるものを、お願いします」

 運ばれてきた料理を食べながら魔王が、どうやってモモ太郎を見つけようと考えていると。

 一人の人相が良くない男が魔王に、話しかけてきた。

「見慣れねぇ顔だな……どこから来た?」

 魔王は、自分は異世界国の魔王で、モモ太郎を探していると顔にキズがある男に告げた。

 男はさほど驚いた様子もなく、好色な顔で魔王をナメ回すような目で見て言った。

「オレが、探しているモモ太郎だ」

 嬉々とした表情で顔を輝かせる魔王。

「本当ですか、こんなに早く、モモ太郎さんが見つかるなんて……ボクを抱いてください」


 魔王は異世界国を代表する自分がモモ太郎に抱かれれば、異世界国の侵攻も止まると考えていた。

 顔をキズがある男『アリ・ババと四十人の盗賊』の四十一人目の見習い盗賊だった男が魔王に言った。

 

「抱くと決まれば、食堂の二階の休憩部屋を使わせてもらって……抱いてやろう、このモモ太郎が」

 盗賊見習いの男が、魔王をダマして二階の部屋に魔王と一緒に入っていくのを見ていた者がいた。

「今のは魔王さま……そうか、幽閉されていた塔から白い魔法使いの力で脱出できたんだ」

 モモ太郎と別行動で、山に戻るキン太郎と熊ノ海に会うために食堂で待ち合わせをしていたアラクネで。

 偶然に男と一緒に、二階の部屋に入っていく童顔の魔王を目撃した。


 食堂の他席で、男たちの声がアラクネの耳に届く。

「あの、おっさん……また、無垢な童貞男を餌食にするつもりだ」

「全滅した盗賊の見習いでも、男喰いの悪い癖は直らないな……むしろ、異世界国からの侵攻がはじまってから悪くなっている」


 骨つき肉にかぶりついている、キン太郎がアラクネに言った。

「どうする? 魔王を助けるのなら協力するぞ」

「くっころ! くまぁ」


  ◇◇◇◇◇◇


 二階の部屋でベットに端に座った盗賊見習いの男の前で、魔王は服を脱ぐコトをためらっていた。

 なかなか、脱がない魔王に男が言った。

「どうした、モモ太郎に抱かれたくないのか? 裸にならないと抱いてやらないぞ」

「……脱ぎます」

 魔王が服のボタンに手をかけて、上から順番に外しはじめて胸を見せた時。

 部屋の窓を突き破って、アラクネが乱入してきた。

 クモ糸を使った振り子の法則で、二階の部屋に飛び込んできたアラクネが魔王に向って言った。

「大丈夫ですか! 魔王さま、この男はモモ太郎さんではありません……モモさんは、もっと腹が割れていて……ぐふふふっ」


 盗賊見習いの男がアラクネに向って怒鳴る。

「なんだ、おまえは! 邪魔をするな!」

 扉を張り手で突き破って、今度は熊ノ海が乱入してきた。

「くっころ! どすこい」

 熊ノ海は、盗賊見習いの男と相撲の体勢で組み合う。

 組まれた男も自然と、クマと相撲をする形になった。

 後から入ってきたキン太郎が、行司の役をする。

「はっけよい、のこった、のこった、のこった!」

 クマと相撲を取らされている男が、悲鳴を発する。

「なんだこれ? なんでオレがこんなコトを! うわぁぁ!」

 男はそのまま、窓から外に放り投げられた。

 キン太郎が軍配を熊ノ海に掲げる。

「熊ノ海ぃぃ」

「ごっつあんです」


 魔王が外した服のボタンを、アラクネがはめ直しながら言った。

「モモ太郎さんとの出会いは、わたしが用意してあげます……今夜、町外れの露天風呂に行ってみてください」


  ◇◇◇◇◇◇


 その夜、温泉街町の露天風呂──青白い月明かりの中、一人で風呂に入っているモモ太郎の姿があった。

 露天風呂に近づく魔王、モモ太郎が言った。

「アラクネから聞いた、大変だったな……風呂、一緒に入るか?」

 モジモジしていて、なかなか脱衣しようとしない魔王にモモ太郎が言った。

「どうした? 男同士の裸のつき合いは苦手か……オレもムリにとは言わないが」

「脱ぎます……脱いでお風呂に入ります」


 脱衣して全裸になる魔王。

 青白い月光に照らされた裸体の背中には、ケモノの爪痕があった。

 さらに腕には、薄く残るケモノに噛まれた牙の痕もあった。

 お湯に浸かっている、魔王にモモ太郎が柔らかな口調で質問する。

「その、体の爪痕と牙痕どうしたんだ……答えたくなかったらムリに答えなくてもいいぞ、少しだけ気になったものでな」

「いいえ、話します……モモ太郎さんに聞かれたら話そうと思っていたので」

「そうか、オレのコトはモモでいい……みんなモモさんと呼んでいるから」

「はい、モモさん……この体に残るキズはボクの恥じるべき獣痕で、魔王の証しです」

 そう言って、魔王は月明かりの中で静かに語りはじめた。


  ◆◆◆◆◆◆


 異世界国の魔王家では、ある年齢に達すると魔王の血筋を継ぐ者は、次期の魔王に相応しい者かどうかの【角がある獣の森】の試練を受けるのが決まりとなっていた。


 まだ、頭に角が生えていない魔王候補の少年も、試練を受ける年齢に達した日の朝──父親である大魔王に呼ばれた。

 立派な角を生やした大魔王が、次期魔王候補の末息子に言った。

「なぜ、呼ばれたのかわかっているな」

「はい……承知しています。自分と同じ年齢に達した、兄たちを見てきましたから」

 

 末息子の兄たちは、角がある獣の森の試練を受けて。

 今まで誰一人として獣に魔王としての資質を認められた者はいなかった。

 ある兄は獣の姿に恐怖して逃げ出し、ある兄は獣の爪と牙で命を落とした。

 角がある獣に魔王の素質を認められたと、意気揚々と城に戻って来た兄もいたが、父親の大魔王の目を誤魔化すことはできず……自らキズつけた偽りの獣痕だと見破られると、城から逃げ出して二度と戻って来なかった。


 玉座に座っていた大魔王は立ち上がると、上半身裸になった。

 胸には深く刻まれた爪痕、腕には深い牙痕が残っていた。

「この胸のキズと腕のキズは、角がある獣から魔王として認められた証し……獣に認められ、噛まれると魔王の角を得て次期魔王となる」

 正直、大魔王はあまり末息子に期待をしていなかった。

(わたしの代で、魔王家は終わりか……はぁ)

 そう思っていた。

 

  ◇◇◇◇◇◇


 早朝──末息子の魔王候補者は【角がある獣の森】に入った。

 森の奥にある祭壇の前で角がある獣が出てくるのを待っていると、夕暮れになって一匹の角がある獣が末息子の前に現れた。

 怖ろしい獣の姿に、末息子は死の覚悟を決めて、うつ伏せになって獣に背を向ける。


(もういい、ボクを食べたければ、食べるがいい……臆病なボクに魔王になる資格なんて)

 獣の爪が末息子の背中を軽く引っ掻き、食べられるコトを覚悟した末息子の腕に甘噛みの牙傷を残しただけで去って行った。

「食べないの? キズだけ残して?」

 城に生還した末息子を見て、大魔王は驚いた。

 背中に浅い爪キズ、腕には浅い噛みキズ……角がある獣が、末息子を魔王だと認めた証しだった。

 やがて、末息子の頭に角が生えて、新たな次期魔王が誕生した。

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