赤の魔王……童話国に現る

第16話・人造美青年とキョンシー青年が怪しく愛し合う


  ◇◇◇◇◇◇


「本当にいい腹筋していますね……へへへっ」

 歩いているモモ太郎の腹を並んで歩く、アラクネはずっと撫で回していた。

 食堂から、モモ太郎と意気投合した異世界国総司令官のアラクネは、クモの脚を蠢かしてついてきている。


 肩にティンカー・ヘルを乗せた温羅が、少し不満気味な顔で勝手に仲間に入り込んできたアラクネに言った。

「少しずーずーしくありませんか、仲間にするなんてモモさん一言も言っていませんよ」


 アラクネと一緒にいた熊ノ海は、童話国のクマのフリを続けて、こっそりとキン太郎がいる足柄山に帰った。


 機嫌の悪いのが直らない温羅が、口を尖らせて言った。

「こんなコトなら、食堂で代わりに支払いなんてするんじゃなかった……だいたい、モモさんが誰にでも博愛だからこんなコトになるんですよ。はっきりしてください誰が一番好きなのかを」


 少し酒が残るアラクネは、温羅の言葉を無視してモモ太郎の胸部を撫で回す。

「胸の筋肉もいい具合に発達していますねぇ……ぐふふふっ」

 モモ太郎は、腰の袋の中から〝キビ団子〟を取り出してアラクネに差し出す。

「食べるか? キビ団子」

「いただきます」


 温羅が、キビ団子を食べているアラクネを、モモ太郎の近くから引き剥がして強めの口調でアラクネに言った。

「だいたい、あなたは何が目的でこの童話国の来たんですか? どんな方法で」

「わたしが、童話国に来たのは『魔王さまの真意を知りたかったから』本当に、魔王さまが童話国侵攻の宣言をしたのか? 宣言後に一度も魔王さまが姿をお見せになっていないのはなぜなのか? それを知りたいのです」


 アラクネは、童話国に来れた方法も温羅伝えた。

「この世界へは白い魔法使いの力を借りて、卵から来ました……白い魔法使いは、黒い老魔法使いマー・リンジジイの親戚の姪っ子なので、ジジイ魔法使いもあまり厳しくは言えないのです」


 歩きながらモモ太郎がアラクネに質問する。

「魔王がこの童話国に現れるという根拠は?」

「わたしのカンです」


  ◇◇◇◇◇◇


 モモ太郎たちは、夕刻に童話国の霧の街に到着した。

 古風なロンドンの街並みのような建物の酒場に入ったモモ太郎一行は酒仙、藍菜和あいさいわと、ソン・ゴ・クウに遭遇する。


 洋酒を仰ぎ呑みながら店内で、酔拳の演武をしている藍菜和が、酒場に入ってきたモモ太郎たちを見て言った。

「あら、モモさん来てくれたのね」

「酒仙、渡りカラスの手紙にあった。この街で、ずっと孵化しない侵攻卵があるって本当か?」

 骨付きの鳥肉をかじりながら、演武に夢中な藍菜和に代わって。ソン・ゴ・クウが答える。

「おお、本当だぜ……試しにオレの如意棒で突いてみても、ヒビも入らねぇ」


 酔拳の演武が終わった酒仙が言った。

「とにかく、明日の朝……モモさんにも見てもらいましょう、モモさんと温羅さんは力持ちだから。協力してアレを引いてくれないかしら」


 藍菜和が指差した先には、引き荷台車に縛りつけられた中華風の棺があった。

「生きたカメを亀甲縛りする占いで〝生きた死者が必要〟と出たのよね」


  ◇◇◇◇◇◇


 早朝の霧の中──モモ太郎と温羅が協力して棺が乗った荷台車を引いて、藍菜和とソン・ゴ・クウが待つ【霧の丘】へと向かった。

 モモ太郎と並んで棺が乗った車を引いている、温羅が嬉しそうな口調で言った。

「こうして、モモさんと一緒に協力した作業ができるのは幸せです」

「そうか、良かったな」


  ◇◇◇◇◇◇


 丘には先に到着した酒仙とソン・ゴ・クウがいた。

 二人の近くには等身のサイズで灰色の侵攻卵が半分状態で転がっていた。

 モモ太郎は藍菜和の指示で、運んできた棺を丘に下ろした。


 灰色の侵攻卵に近づいて、表面を撫でながらモモ太郎が呟く。

「本当に入っているのか?」

 卵の表面を軽くノッカすると卵の中から。

「入っています」

 そんな声が聞こえた。

 その声に対してモモ太郎が言った。

「出てこい、ここにたくましい肉体美の男が立っているぞ」

 灰色卵の表面にパリッと、穴が開いて外を覗く目が見えた。

「好みの声と男じゃない」

 そう言って、覗いていた目は、卵の暗闇の中に消えた。

 モモ太郎が、困り声で言った。

「オレが強引に、卵の中から引きずり出すコトはできないからな……酒仙、どうしたらいいと思う?」

「任せなさ~い、このために〝生きている死者の棺〟を持ってきたのよ」

 藍菜和は死者を操るベルを鳴らした。

「目覚めなさ~い! イケメン男のキョンシー僵尸

 棺のフタが勢い良く吹っ飛んで、額に霊符を貼ったイケメンのキョンシーが、自然法則を無視した動きで起き上がった。


 藍菜和がキョンシーの額に貼られている、御札を折り曲げて貼ると、目を開けた顔色が悪いイケメンが現れた。

「あらぁ、爪が伸びているわね……男を抱く時に邪魔だから、切ってあげる」

 キョンシーの鋭い爪がネイル処置される。

 藍菜和がイケメンキョンシーに質問する。

「あなたは、どんな未練があって死んでからも肉体にとどまって、成仏しないの? あなたの声を聞かせて」


 キョンシーが男性声優のような、美声を発する。

「オレは……一度も男に抱かれずに死んだ……男に抱かれて愛されなければ成仏できない」

 藍菜和が、灰色の侵攻卵に向って言った。

「キョンシーの言葉が聞こえたら、卵から出てきなさい……いつまで、そうしているつもり」

 灰色の卵の中から男の興奮した声が聞こえてきた。

「男……オレの理想の声の男……おぉぉぉ!」

 卵が割れて、縫合された人造人間が現れた。


 フラケンシュタインの怪物のような、首、胴体、脚、腕に別々の人間のパーツを組み合わせて縫い合わされたような美形の怪物。

 美形の頭に、筋肉隆々の胴体、アスリートの手足……顔と胴体が不釣り合いな人造人間だった。


 美形の人造人間が言った。

「オレは老魔法使いから、医学と魔法の力で死体をより集めて作られた……オレは、いったいなんのために生まれたんだ? オレの体には男性経験の記憶はある」


 美形の人造人間は悩んでいた。童話国へ送られた理由が暴れて破壊するために送り込まれたのか……男を抱いて愛するために作られて送り込まれたのかと。


 藍菜和が人造人間に言った。

「もちろん決まっているじゃない……その肉体で男を愛するために送られてきたのよ……たぶん、キョンシーと人造人間で愛し合いなさい」


  ◇◇◇◇◇◇


 男に一度も抱かれずに亡くなった、キョンシー青年と。

 なんのために誕生させられたのか悩んでいた人造人間が、対面で向かい合う。

「は、はじめまして……キョンシーです」

「こちらこそ……愛してもいいですか?」

「もちろんです、初めてなので優しく愛してください」


 人造人間とキョンシーが抱擁してキスをする、そのまま互いの死んだ肉体を撫で回す、愛撫へと発展する。

「ん゙がぁ、あふぅぅぅ」

「おッ、おぉぉッ」


 キョンシーが人造人間に押し倒され、偽りの生で動いている二人の愛し合いが、朝霧の丘で肌を濡らしながらはじまった。

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