第3話・カグヤとニャルタニアン……敵に抱かれて愛してもらえ

 竹林の中から、弓につがえた矢の先端をモモ太郎たちの方に向けて、短い丈の和装姿で腰まで伸ばした黒髪の先端を切り揃えて、紐で束ねた美形男が現れた。

 矢を構えるカグヤが言った。

「やっぱり、あの程度の罠じゃ竹林から出ていかないか」

 弓につがえていた矢を外して、矢筒にもどしたカグヤが言った。

いおりに来い、抹茶くらいなら飲ましてやる」


  ◇◇◇◇◇◇


 竹林の庵──平安時代の宮廷女性貴族のような重ね着姿で、髪を束ねていた紐を外したカグヤが、茶筅ちゃせんで点てた抹茶の入った茶器を、モモ太郎と温羅の前に差し出して言った。

「どうぞ」

 喉が渇いていたモモ太郎は、一気に抹茶を飲み干して。

 温羅は一口飲んで、苦そうな顔をした。


 抹茶を飲みながらカグヤが言った。

「オレは、この竹林からは出ない……異世界国の侵攻も興味ない、竹林に害を及ぼすなら、戦って敵を撲滅するだけだ」

「おまえの気持ちもわかるが、あまり過激な防衛は童話国内で戦乱に発展する。殺傷しない程度の防衛をして、敵を愛してくれ」

「難しい注文だな……オレのトラップは敵を倒すためにある。それに敵を簡単に愛せるか!」


 カグヤが茶筅を茶器の底に押しつけて、破壊する。

「それを承知で頼んで回っている……いつも一緒にいる、長靴を履いたネコ耳青年の『ニャルタニアン』は今はいないのか?」


「裏の畑でなにかやっている……噂をすれば帰ってきたようだ」

 庵の狭い入り口から、三銃士のような格好をした羽根飾りがついたツバ広の帽子から、ネコ耳が出ている童顔の青年が、小判の入った竹カゴを持って現れた。

「ニャア、カグヤ大量だニャ……裏の畑をポチという名前の男に掘らせたら、大判小判がザックザックにゃ……ウニャ? お客さんニャ……温羅久しぶりニャ」

「ニャルタニアンも、相変わらず小判好きみたいで」

「今日はなんの用事ニャ?」

 モモ太郎がニャルタニアンに、異世界からの侵攻がはじまりそうだと告げた。


「ニャアァァ! それは大変ニャ、殲滅せんめんしないと」

「いや、攻撃は最小限に留めてくれ……憎しみ合うよりも、愛し合いだ。カグヤとニャルタニアンは敵を自分から抱くよりも、抱かれるウケの方が向いているから……敵と愛し合ってくれ」


 カグヤが二杯目の抹茶を、すすりながら言った。

「モモたちが、敵が童話国のウケ派を純粋な気持ちで愛してくれる下地を作ってくれたら、敵に抱かれるコトも考えてもいい」

「ニャ? カグヤ本気かニャ、オレまで敵の腕に抱かれるのかニャ?」

 立ち上がるモモ太郎。

「わかった、努力する……だから、カグヤも先走りして異世界国と衝突するなよ」

「それは、相手の出方次第だ」

 そう言って、カグヤは甘い茶菓子を口に運んだ。


  ◇◇◇◇◇◇


 竹林を出て次の目的地に、街道を歩いて向かうモモ太郎と温羅。

 前を腕組みをして歩くモモ太郎の後ろから、ついていく温羅が言った。

「次に説得するのは、黒い森の人たちか……童話国の中でも、一番の武闘派の三人を、説得するのは難題かな」


 ふいに前を歩いていたモモ太郎が立ち止まり、温羅はモモ太郎の背中に鼻先をぶつける。

「どうしました? モモさん」

 振り返ったモモ太郎は、街道の脇にある巨石に向って言った。

「いい加減に出てきたらどうだ……いつまで、コソコソとついてくる気だ」

 モモ太郎の言葉を受けて、岩の後ろから気弱そうな表情の頭にヤギの角を生やした青年が出てきた。


「『小ガラガラ・ドン』か、なんでオレたちの後をつけてくる」

 ガラガラ・ドン──体のサイズをミクロサイズからマクロサイズにまで、自在に変えられる異能力を持つ。

 ガラガラ・ドンが言った。

「モモさんのお役に立ちたくて、ボクの細菌サイズの極小ガラガラ・ドンになれる力が、役立つんじゃないかと思って」

「ついてきてもいいが、勝手にミクロサイズになって鼻の穴に入るなよ……鼻の穴から岩のような鼻クソを持ち出して見せられても、返す言葉がないから」

 ガラガラ・ドンを加えたモモ太郎と温羅は、黒い森に入った。


  ◇◇◇◇◇◇


 森の中にある木の家の庭では、顔の鼻から上に狼の半面をかぶった男が、薪割りをしていた。

 モモ太郎が気楽に狼の半面をかぶった男に声をかける。

「よっ、変装狼の『ウルフィン』……薪割りしている時には、いつものブレードクロー刃爪のグラブはしていないのか?」

 ウルフィンが振り下ろしたオノで割った、木片がモモ太郎の方に飛んできて、モモ太郎は受け止める。


 表情がわからないウルフィンが言った。

「ここにモモが来た用件はわかっている……オレたち武闘派に、異世界国の侵攻者と争うなと説得しにきたんだろう……やなこった」

「聞いたぞ、おまえたち三人で異世界の侵攻者【追っ払い隊】を結成したって、一番隊隊長は、おまえウルフィン」


 オノを振り上げて、薪を割るウルフィン。

「そこまで、わかっているなら帰れ……話すことは何も無い」

「おまえたち、三人なら最高のタチ攻めになると思うが……敵を愛せウルフィン」

「帰れと言っているだろう、もうすぐ町に出かけていた『レッドフード赤ずきん』と『マッチ売りの少年』が帰ってくる……あの二人が帰ってくると厄介だぞ」


 その時、黒い木の陰から声が聞こえ、赤い頭巾をかぶった人物が現れた。

「誰が厄介だって、ウルフィン」

 女装をしたレッドフードの体には弾倉が巻かれ、銃器や小型のナイフや手榴弾が腰に吊られている。

 提げたバスケットの中には、爆弾ワインが入っていた。

 連射長銃の銃底を地面に付けて、男ののレッドフードが言った。

「追っ払い隊二番隊隊長、レッドフード……今なら隊員募集中だ、君も仲間になって異世界の、侵略者に鉛の弾丸を……」


 モモ太郎がレッドフードに言った。

「殺傷はダメだ、最低限の防御にして……敵を愛してくれ」

「そんな器用なコトできるかなぁ……オレたち武闘派に」


 その時、モモ太郎とレッドフードの間に火炎が飛んだ。

 それを見て怒鳴るウルフィン。

「森の中では魔法のマッチは使うなと言っただろう! 森林火災になったらどうする!」


 三番隊隊長で女装した男の娘──『マッチ売りの少年』が「はいはい、マッチいりませんか」と、適当な返事をする。

 腰のベルトにはいくら擦っても無くならない、魔法のマッチが差してあって。背中に巨大な一本マッチを背負っている。


 薪割りの終わったウルフィンが、ブレードクローのグラブを腕に数着して言った。

「オレたち、追っ払い隊は降りかかる火の粉があったら払うだけだ……まぁ、手加減はするがな」

 マッチ売りの少年が、ウルフィンの言葉を聞いて嬉々とした笑みを浮かべる。

「火の粉っコトは火を放ってもいいんだよね、ねぇねぇ燃やしていい?」

「頼むから話しに割り込んでこないでくれ、放火魔少年」


  ◇◇◇◇◇◇


 黒い森を出たモモ太郎一行は、海岸線の道を歩いていた。

 モモ太郎が呟く。

「やっぱり、説得するにしても一筋縄ではいかない連中ばかりだな……それでも異世界からの侵攻がはじまる前に、できる限りのコトはやっておかないと」

 温羅がモモ太郎に訊ねる。

「次は誰を説得するの?」

「海の『人魚王子マーマン』と空飛ぶ海賊船の船長『海賊ブック』だ……あの二人も、素直に説得に応じてくれるとは思わないが」


 砂浜を歩いていたガラガラ・ドンがあるモノを発見する。

「あれ? 木片の近くに人形が落ちている?」

 ガラガラ・ドンがうう通り、手の中に収まるサイズの妖精人形が落ちていた。

 拾い上げてみると、柔らかく温もりがあった──虫のような妖精羽を生やした、男性の妖精人形がガラガラ・ドンの手の中で呻き声を発する。

「うぅ~ん……王子も船長も喧嘩をしたらダメだ、愛し合わないと」

「これ、人形じゃない。生きている男性妖精だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る