こ、これは……

ボテボテの打球。グラブを伸ばしたピッチャーの横をギリギリ抜けた。



きたっ!!



ベンチの全員が立ち上がる。ショートの選手が猛チャージ。芝の上を転々とする打球を素手で掴み、ランニングスロー。


柴ちゃんもベースに向かって最後の1歩を大きく出す。


ファーストミットに送球が届く。



「セーフ!!」


塁審の手が大きく広がる。



その瞬間には、ヘルメットが大きく飛んでいってしまう勢いで、柴ちゃんが地面にもつれるようにして倒れた。



よっしゃあぁっ!と、喜ぶ前に俺はベンチを飛び出していた。ちょっと普通じゃない転び方だったから、身の毛もよだつものがあったのだ。



すぐにタイムがかけられ、プレーは中断。



1塁ベースを過ぎたところのファウルグラウンドで横になる柴ちゃんを審判おじさんと1塁の石塚コーチが覗き込むようにして声を掛けていた。



俺が駆け寄ると、石塚コーチは帽子の鍔を少し引くようにつまみながら唇を噛んだ。



「多分アキレス腱だ。俺の現役最後の時と同じ音がした」



その話は何度も聞いていたから、全身が身震いする思いだった。



俺は柴ちゃんの顔を覗き込む。


「柴ちゃん、俺だ。しっかりな。今のうちだけだ」



彼は苦痛で顔を歪ませながらも俺の声に反応した。



「新井……さん。……おれ……ぐっ……」



「大丈夫。俺は6年以上時間がかかったかな。それに比べればすぐに戻れる」




気付けばビクトリーズ側の人間のほとんどが側まで来ていて、相手チームのトレーナーも集まる。


辺りは騒然となっていた。



手当てによりしばらく時間が掛かるというアナウンスが何度も流れたが、とりあえずの担架に乗せられた。


そんな中、俺に出来るのは……。



「タナシー。さっきのヒットになったボールを」



「ウイッス!」



横に立っていた彼が俺にそのボールを手渡す。それを柴ちゃんに握らせた。



「君は、ビクトリーズの選手として1番初めにサイクルヒットという記録を達成したヒーローだ。その誇りを胸に、必ず1軍のグラウンドに帰って来いよ。ちょいちょい見舞いとリハビリの手伝いに行くからな。キョウヘイ君」



「新井さん……ありがとうございます。……絶対に、絶対に帰って来ます……」



痛みやら何やらで涙をボロボロ流す柴ちゃんは、くぱぁと開いたバックスクリーン下から現れた救急車に乗せられる。



するとビクトリーズ側だけでなく、パープルスファンからも……。



「「シーバサキ!シーバサキ!シーバサキ!」」



今日イチバンの大声援に応えるように柴ちゃんは握った左手を挙げる。



そして救急車は再びバックスクリーン下からの通路を通って、スタジアムの外へと向かっていったのだった。





ビクトリーズ、パープルス相手に会心のスイープ完成もサイクルヒット達成直後の負傷で柴崎は今季絶望。



ビクトリーズ6ー4パープルス


勝ち投手 道島2勝3敗


負け投手 中川 1勝4敗


セーブ投手 岸田 1勝1敗 12S


本塁打


ビクトリーズ 柴崎 4号ソロ(3回)


パープルス 田所3号ソロ(9回)



ビクトリーズがパープルス相手に同一カード3連勝を決めた。


ビクトリーズは3回柴崎のソロホームランで先制し、5回にも柴崎のスリーベースからの好走塁などがありリードを広げ、終盤にも効果的に加点。


柴崎が球団史上初のサイクル安打を達成するも、最終打席で1塁を駆け抜けた際に右足を負傷。無念の途中交代となってしまった。


6回を3失点にまとめたルーキー道島が2勝目。敗れたパープルスは相手を上回る安打数を放ちながら決定打を欠いた。



勝利したビクトリーズ大原監督。


「敵地での3連勝は勝ちがあるチーム一丸の勝利。柴崎の離脱は非常に残念。全治は手術次第となる程の重傷と聞いているが、ずっとビクトリーズを支えてきた選手。必ず復活してくれると信じている」



空いたセンターのポジションには、身体能力のある山田ブライアンが1番手と見られるが、今日までの3連勝で交流戦順位を5位タイまで浮上してきたチームの中堅手の長期離脱はかなりの痛手になるには違いない。

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