その日の夜。


 余命宣告を受けてから母は、夕飯は毎日私の大好物を作ってくれる。

 今夜のメニューは、シチューとサラダ、それにちょっとお高めの、有名ベーカリーのパンだった。


「あー、美味しかったあ〜〜〜」

「お姉、パン食べすぎ! オレの分なくなる!」

「私はこの先、短い命なのでいいんです〜!」

「ずりぃーーーーよーーーー!」


 私と弟のそんなやり取りを見て、父と母が笑っている。


『橋坂くん、今何してる?』


 自分の部屋のベッドの上で、スマホを操作する私。

 あのあと、橋坂くんとLINEを交換したんだ。

 すると、すぐに来る返信。


『勉強してた。宇佐見さんは?』

『マジか〜偉いね。私はベッドでゴロゴロしてるよ』


 少し考えて、続けてこう打った。


『もし、勉強の邪魔じゃなかったらなんだけどさ……電話する? 色々話したいし』


 数分後。


『マジか……緊張で吐いたらごめん』

『私ごときと話すだけでそんなに』


 橋坂くんは、本当に私に、恋してるんだな。

 私から電話をかけて、数回のコールののち。


「…………はい」


 電話に出たのは、死にそうなくらい震えている橋坂くんの声。

 私は爆笑した。お腹を抱えてめちゃくちゃ笑った。

 電話の向こうで本当に緊張しているのが、ヒシヒシと伝わってくるよ。


「やべー……信じられねぇ。俺が宇佐見さんとLINE通話してる」

「もっと早く言ってくれてたら、LINEくらいいつでも交換したのに。私、橋坂くんのこと、全然嫌ってなんかいなかったよ」

「でも、俺がいつも宇佐見さんを見てたこと、宇佐見さんは気づいていなかったよね?」

「あ〜私、あんまり人の視線とか気にならないタイプなんだよね。だからかと」

「空って、呼んでもいい?」

「べ、べつにいいけど……なんか照れるなぁ」

「──空」


 とくん……っ。

 橋坂くんの、少し熱っぽい、低い声で自分の下の名前を呼ばれて、思いがけず心臓が、あまく跳ねた。


 ……やばいなぁ、こんなの。

 私、心臓の病気なんだよ?

 身体に悪い気がするよ。


 でもやめられないや。もっと話していたい気がする。


「橋坂くんは私のこと、どうして好きになってくれたの?」

「……空は、教室のどこにいても、すごく目立つんだ。まるで、空の周りだけが光っているかのように。オーラっていうのかな。空のそういうところが、俺にはたまらなく魅力的に思えた」

「ええ? 芸能人オーラみたいな?」

「そう、そんな感じ」

「あははっ! 橋坂くん、持ち上げるの上手すぎ〜!」

「あと、名前もいいと思った。空、って。青い空。広い空。どこまでも続いて、まるで世界の全てを知るような。格好良くて、めちゃくちゃ可愛い名前。俺もそんな名前が良かったー!」

「褒めてくれてありがとう! 私も今日、橋坂くんが、自分の気持ちをストレートに私に伝えてくれたの、ちょっと……いや、けっこう嬉しかった」

 

 私たちはその後も、四時間ぶっ通しで、夜中まで通話し続けた。

 好きな漫画やアニメの話。友達の話。家族の話。そして思い出。


 そんな他愛もない話題が、なぜだか橋坂くんとしゃべっているというだけで、奇跡に思えた。


 橋坂くんと話すのがこんなに楽しいことだなんて、私は知らなかった。

 なんで今まで、気づかなかったんだろう?


 深夜。

 お風呂の湯船に浸かりながら、私は考える。


 告白相手間違えました、なんて、今さら言えないよなー。

 それに、今日一日の中で、私は、先輩よりも橋坂くんのことが気になってきちゃったよ。

 これが、本当に恋してるってことなのかな。よくわからない。


 いーや。(私の中での)橋坂くんとのお付き合いは、もう少し延長だ。


 もしかしたら……私が橋坂くんのことを、本当に好きになるかもしれないし。

 もしそうなったら、収まるところに収まる、で、一番良いし。


 人生最後の恋くらい、そうやって楽しんでもいいよね?

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