【宇佐見空】


 それは忘れもしない、八月中旬の、ある蒸し暑い夕方のことだった。


 普通に部屋にいただけなのに、急に胸が苦しくなって、息ができなくなった。


 おかしいと思った私は、キッチンでカレーを作っていた母に助けを求め、付き添ってもらい、その時はじめて病院を訪れた。


 検査結果が出るまでの間、きっと熱中症だったんだろうと、私も母も終始楽観していた。


 笑いながら、母のパート先の、困ったおばちゃんの話とかしてた。


 まず、母が呼ばれた。その後、私も呼ばれ、診察室に入る。


 世間は夏休み真っ只中。酷暑が叫ばれる真夏だというのに──。

 その瞬間はまさに、身体が芯から冷え込むような感覚だった。


 ただの女子高生である私に告げられたのは、あまりにも冷酷非情な、突然の余命宣告。


 ──「空さんの心臓は極端に衰弱しています。非常に申し上げにくいことなのですが……移植手術を受けなければ、もってあと、一ヶ月の命でしょう」


 かなり前から、気になる身体の異常は感じていたのだ。それを限界まで黙っていた私が悪い。


 今思えば、急に胸が締め付けられるように苦しくなるのも。走ってもいないのに動悸や息切れがするのも、何故か冷や汗をかくのも、突然急速に速くなる脈も。


 それらはすべて症状だったのだろう。

 そう合点がいくと、自分でも不思議なくらいすんなり病気を受け入れられた。


 父も母も、弟も、家族はみんな泣いた。

 なんで自分の家族なの、って。どうして私が、こんな目に遭うのって。


 なんだ、これは。一体なんの罰ゲームなんですか神様。


 あれか。母が用意してくれたシュークリームや菓子パンといった類の弟のおやつを、毎度のことのように盗んで食べていたからか。

 弟が呆れるレベルで頻繁に盗み食いをして、最早常習犯と化していたからなのか。


 それとも、一家の大黒柱である父の洗濯物と一緒に洗濯しないでって言って、その繊細なオヤジ心を傷つけたからなのか。

 いやオヤジ心ってなんだ。


 なんにせよ、私、まだ十七歳なんですけど。

 花も恥じらううら若き乙女。

 好きな人とキスはおろか、デートさえも経験していない。


 そんな乙女の命が散り去るには、ちょっと……いやかなり、めちゃくちゃ早すぎるんじゃないでしょうか。


 ──ねぇ、神様? そこのところは、どうお考えですか。

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