4-4 『あなたと共に』


 あなたが好きだった。


 あなたの、優しく微笑む表情が。

 あなたの、語りかけてくれる声が。

 あなたの、そっと握ってくれる手が。

 あなたの、全てが好きだった。


 あなたと共に居られるのなら、それ以外には何もいらなかった。




 ――戦争が起きた。


 あの人は戦地へと向かってしまった。

 一緒に逃げましょうと、なぜ言えなかったのだろう。

 ……言ったとしても、あの人は私と私の生活を守るために行ってしまっただろうけど。



 私は待った。

『必ず帰って来るよ』という、その言葉を信じて。

 どんな人に求婚されても。身分の高い人であろうと。

 それを断る事で、あらぬ噂を流されたとしても。



 心が砕けそうになるほどに辛い時間だった。

 あの人がいない時間、白い目で見られ、世界から排斥される。

 それでも――あの人を想い続けた。



 長い時の中で、その想いは純真なものだけではなかった。

 時には意地もあった。すがるしかないという依存もあった。

 でも――長い時を経て……残ったものは、

 "あなたに逢いたい"という、その想いだけだった。




 ――やがて、戦争は終わった。

 でも……あの人は帰って来なかった。


 分かっている。彼は死んだのだ。

 彼が生きているのなら私に連絡を寄こさないはずがない。

 あの人は……死んでしまったのだ。

 遠くの地で。私の知らない場所で。

 死体さえも返って来ない。墓に埋める事も出来ない。


 私は――悔しかった。

 あなたの最期を看取みとる事が出来なかったのが。

 あなたの最期を……私は知らない。

 いつか訪れる私の最期も、あなたは知らないまま。


 逢いたい……

 生きていて欲しい……

 死んでいるなら、生き返って欲しい。

 でも、それが叶わないのならせめて……彼の最期を知りたい。


 もう私も長くない。

 せめて、同じ場所で眠りたい。

 彼でなくていい、彼だった物でもいい。

 一緒に……あなたと、一緒に……

 それだけでも……どうか……




   ♢




「……フン、なるほどな」


 リメンバは赤剣を日記から抜き、鞘にしまった。


「想い人が死んだにもかかわらず、想い続けたのがあの老婆というわけか」

「……でも、生きてるかも?」


 メモリアの疑問はもっともだった。確かに確実に死んだという情報はない。

 だが、リメンバは首を振った。


「死んでいるだろう。……いや、死んでいた方がマシだと言うべきか」

「……そうなの?」


 メモリアの問いに、リメンバは語る。


「生きているのに帰って来ないのだとすれば……そいつは他の相手でも見つけて、あの老婆をすでに愛していないか……戦争の時に記憶を失い、自我の死を迎えている場合だけだ。

 それなら……想い人が自分を愛したまま死んでいったという方が幾分いくぶんマシだろう」

「ん……」


 説明を受けたメモリアは少し納得がいかない様子だった。


「……そうかな」

「ほう、なぜだ」


 リメンバはメモリアに問い返す。そこに不快そうな感じはなかった。


「私は……好きな人には、たのしく生きていてほしいな。……その人が、自分の事も……私の事も……忘れちゃったとしても」

「…………」


 リメンバは不快そうに不満気な表情を浮かべた。

 だが、納得したように溜め息を吐く。


「……ここだけは昔から分かり合えないな、姉さんとは」

「ん、そうだね」


 メモリアも納得したように返事をした。


「……だが、今回に限っては私達の考えは関係ない。あの老婆にとっての幸せは何か……そしてそのためにあの老婆自身が何を、どれだけ願えるかだ」

「うん、行こう」

「ああ」


 二人は外に向かった。

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