4-5 『集まる想い』


 外――


「あぁ……ない……ない……」


 二人は穴を掘り続ける老婆の元へ。

 穴はまるで深くなっておらず、浅いままだった。

 老婆の手はすでにぼろぼろで、血も少し滲んでいる。

 力がないからこそ掘る手に力が込められず、それほど大きな怪我はしていなかったのが幸いか。


「……墓を造っているのか」


 老婆の行動をリメンバはそう推理した。

 先程までは意味不明な行為にすぎなかったものも、事情を知れば理解に至る。

 老婆は――想い人の墓を造ろうとしているのだろうと。遺骨すらもない、粗末な墓を。


「……おはかを?」

「……だが、老婆の体力では叶わないだろう。掘り終える前に力尽きる。……孤独に、たった一人で死を迎えるだけだ」


 膝を突いたまま同じ行動を続ける老婆。

 それを見ながらリメンバは眉をひそめる。


「……哀れだな。五十年という意志の対価にそぐわない、惨めな人生だ」


 言いながら――リメンバは剣を抜いた。


「……気に食わん」


 右の鞘に眠る赤剣、それを正面に構え――リメンバは後ろから老婆を赤剣で貫いた。


「……お前は何を望む」

「あ……あ……」

「愛する者の……愛する者との……何を望む」


 老婆はうめきだし、ぼろぼろと涙を流し始めた。


「あう……あああ……!」


 記憶の濁流、感情の奔流、積み重なったものが満ちて溢れる。

 そして――老婆の目の前に赤い宝石が現れた。


「わた……わたしは……」

「……! リメンバ、おばあさんが……!」

「ほう……」


 強い記憶の衝撃を受けたせいか、老婆の自我が少しよみがえったようだった。


「……だが、まだ耄碌もうろくしている事だろう。その状態でどこまで願えるか……」


 リメンバは赤い宝石を手に取り、しゃがんで老婆に渡した。

 ドレスに土が付着するが彼女は気にしなかった。


「祈れ。願え。お前の五十年を見せてみろ」


 老婆は両手でそれを掴む――赤い石がさらに輝く。


「あ……なた……っ!」


 老婆は希う――

 そして輝きが止むと、そこにはつぼがあった。

 両手で軽く持てる程度の小さな壺。何の変哲もないような壺に見えた。


「あなた……どうか、最期にあなたと……どうか……!」


 自我と言葉を取り戻してゆく老婆は壺を抱いた。

 愛しい人を抱きしめるかのように、もう離さないと決意するように。


 すると――どこからか、が降って来た。


「これは……」

「……なんだろ、これ……?」


 リメンバは手で触れようとするが――透き通って触れなかった。

 その白い粉は風に舞い、老婆の抱く壺の上に集まり、螺旋らせんを巻く。


「どんどん……あつまってく……」


 白い粉の渦はだんだんと治まり、何か――形をかたどっているように見えた。


「ほう……」

「人の……かたち……?」


 風が止み――そこにあったのは、宙に浮いた白骨化した人間の死体だった。





 おまえ……



「……、……!? こ、えが……きこ、える……」

「……これは?」

「……」



 すまなかった……

 赦してくれ……おまえの傍に居てやれず……無様に死に逝く私を……


 私が死ねば……おまえは独り……

 ……おまえには、孤独を……苦難を……与えてしまうのだろう……

 本当に……すまない……


 ……私は幸せだった……

 おまえと共になれて良かったと思ってしまう私を……赦してくれ……


 おまえを愛せて……私は幸せだった――




 白骨化した死体はさらさらと崩れてゆき、壺に入ってゆく。

 やがてその全てが壺におさまった。


「あ、あぁ…………あな、たが……あった……」


 老婆は両腕で抱えた壺を強く抱き締める。

 そして、ぼろぼろと涙を流した。


「あな、たは……最期に、わたしの、事を……おも、って、くれて……いたの、ですね……あ、りがとう……わ、たしは、それ、だけで……救われ……ま、す……」


 老婆は顔をくしゃくしゃにしながら幸せそうに言った。

 とめどない涙を流しながら、愛する人を抱いて。


「あ、りがと、う……リメ、ンバ、さん……」


 老婆は振り返り、リメンバに向かって言う。


「あなた、達のおかげで……わた、しは……むくわれ……ま、した……奇跡を……あり、がとう……」


 老婆は曲がった背をさらに曲げ、二人に頭を下げた。

 だが、リメンバは首を横に振った。


「……違うな。お前の心が、積み重ねた想いが……その奇跡を起こしたのだ。お前自身の意志の力がその奇跡をしたのだ」


 老婆はその言葉を聞いても、何度もありがとう、ありがとうと繰り返すのだった。




   ♢




 ――外、街道。

 青空の下を二人は行く。


「……ね、リメンバ」

「なんだ」

「嘘、吐いたよね?」

「……何の話だ」


 メモリアはふわりとリメンバの正面に飛ぶ。

 リメンバは迷惑そうに首を後ろに下げた。


「おばあさんの力は……"念じた物を集める力"だった。……そこに込められた想いを読み取る力なんてない……

 リメンバが……してあげたんだよね? ……想起の"恩寵"は……あなただけが持つ力だから……」

「……」


 メモリアの言葉にリメンバはと歩を進め、メモリアを追い抜いて前を向いたまま答える。


「さあな」


 その答えにメモリアは微笑み、ふわりと付いて行った。

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