4-2 『壊れた老婆』


 人気ひとけの少ない道を選び続けた先にぽつんと一軒、小屋が立っていた。

 木造で小さな窓がついた小屋で、そのさびれ具合から推測するに建ってからかなりの時間が経っているように見える。


「ここ……かな?」

「他にそれらしき物はなかったな」


 リメンバはスタスタと小屋に近付く――おのくわ如雨露じょうろ、もう何年も使われていないように寂れた道具の数々が転がっていた。

 ふと、リメンバは入り口付近にあった木で出来た簡素なさくに手を触れる。


「む」


 すると――ぼろり、と柵はいとも簡単に壊れてしまった。


「あ……壊した」

「知らん。……後で直す」


 ――そうやって話していると物音が聞こえた。

 ザッザッ、という土を掘り返すような音。


 二人は耳を澄ませる――


「……反対側か」

「ん……みたいだね」


 リメンバは警戒する様子もなくズカズカと小屋を回り込む。

 すると、そこには――




   ♢




「あぁ……あぁ……」


 そこにいたのは――老婆だった。


 しわとシミで化粧された肌、くたびれて黄ばんだみすぼらしい衣装。

 それらが相まって非常に不気味に見えた。


「ない……ない……」


 しかも、それが青空の下で。

 膝を突いて素手で庭の地面を掘り続けているとなればなおの事。

 ここが沼地の洋館や墓地だったなら不気味さはともかく受け入れやすくはあったかもしれない。


「……何をしてるんだあいつは」

「さがしもの……かな?」


 リメンバとメモリアは距離を取って観察していた。

 怖れているというわけではないが、あまりに意味不明だったので慎重になるに越したことはないという判断だった。


「あぁ……ない……ない……」


 老婆は身体を震わせ、ぼそぼそと呟きながら地面を掘っている。

 まだ始めたばかりなのか指の一関節程度の深さにも達していない。


「……じれったい。おい、そこの老婆」


 リメンバはしびれを切らして老婆に近づく。

 すると、土の匂いがリメンバの鼻腔をくすぐった。


「お前は何をしている?」

「あぁ……あぁ……ない……ない……」


 リメンバは老婆の掘る地面を見た。

 しかし、特に何も変わった物は見当たらなかった。


「何か埋まっているのか?」

「……あぁ……何も……何も……」

「……これから埋めるのか?」

「何も……何も……埋める……埋める……ない……何も……何もない……」


 同じ事を繰り返し言う。壊れた人形のように。

 リメンバは目を細めながら老婆から離れる。メモリアがふわりと近づいた。


「……どうだった?」

「……私の言葉に反応して発する言葉は変わっている。相当進行しているとはいえ、完全にボケてしまっているというわけではなさそうだな」


 二人はこのまま帰る事も出来た。

 だが、そうしない理由を見つけた。

 普通の人が見ればこの老婆はボケてしまっているだけの人だと思うだろう。


 しかし、二人は違った。

 記憶を司る使者として――秘めたる意志があるかどうかが分かるのだから。


「……このままではらちが明かん。姉さん、家に入るぞ」

「そうだね」


 リメンバは少し苛立ったように歩き、玄関の扉に手をかける。

 バキッ――


「……」

「……リメンバ、また壊した……」

「…………ふざけた家だ、まったく」

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