『粉骨砕心』

4-1 『うわさ』


 街道――


 晴天、それでいて涼しい風が吹くという素晴らしきき日。

 珍しくゆったりした気持ちで歩く、二本の剣をたずさえた白髪の少女――リメンバ。

 ふわふわと宙に浮き、色鮮やかな蝶を追いかける、光り輝く球体――メモリア。


 二人は行くあてもなく適当に歩き、自然を浴びていた。


「つーかまーえた」


 メモリアが蝶を捕まえ、リメンバに自慢する。


「ほらほら。やったね、わたし」

「おめでとう、姉さん」

「え」


 メモリアは信じられないものでも見たような声を出す。


「……? なんだ?」

「……リメンバが素直に褒めるなんて」


 リメンバは満面の笑みで褒めたわけではなく、ふっと口元で微笑ほほえんだ程度の笑顔だったのだが、それでもメモリアには驚愕きょうがくのようだった。


「うれしい」

「……フン、どうでもいい気まぐれだ」

「ふふ、そっか」




 ♢




 しばらく進むと、荷馬車を停めて街道沿いで話し込む商人達がいた。


「何を話している?」


 リメンバは物怖ものおじする事なく商人達の話に割り込んでゆく。

 商人達は振り返り――リメンバの浮世離うきよばなれした態度や話し方、そしてとても外用には見えない美しい白黒のドレスに目を奪われながらも答える。


「やあお嬢さん。……実はね、ここらに変わった老婆ろうばが住んでるって話なんだ」

「老婆?」


 リメンバがそう言うと、他の商人達が口を開く。


「ああ。たまに街に現れては物資を買い溜めるんだけど……何を喋ってるのか分からなくてね。歩き方も変だし……」

「もう来るな、どこかへ行けと言っても聞かないから、もう誰も相手にしてないみたいだよ。昔に街で起きた火事もこの老婆がやったらしい」

「ずっと昔からおかしかったらしいな。人様に迷惑かけたり……どんなって? いや知らないけどさ」

「"魔女"って呼ばれてるんだって。怖いねよねえ、そんなのが近くに住んでるなんて」


 など、会った者もそうでない者も思い思いに話す。

 老婆について良い印象を抱いている者はいなさそうだ。


「ほう、なるほどな」

「まあ、とにかく近づかない方がいいよ。何があるか分からないからね。それじゃあ!」

「じゃーなー。……よしっ、俺達も行くか!」

「ああ。随分話し込んじまったからな」


 商人達はリメンバとの会話を皮切りに次々と出発していった。

 やがて誰もいなくなった街道でぽつんと立ち尽くすリメンバに、メモリアがふわりと提案する。


「……行ってみる?」

「なぜだ。ただボケた老婆がいるというだけの話だろう。それに……ボケてしまっているならそこに"意志"はない。そんな人間のところに行っても無駄だ」

「でも……」


 メモリアは頭を回転させて理由を捻出ねんしゅつする。

 『行ってみる?』などと提案しつつも行ってみたいのが本心のようだ。


「……おばあさんの一人暮らし。困ってるかも……腰を悪くしてたり、とか」

「……だとして、なんでそれを私が助けに行く必要がある」


 メモリアは再度理由を考えるが思いつかなかった。

 なので間を置いて、さらにもう一度、


「……行ってみない?」

「行かないと言っているだろう」

「……行ってみよ?」

「行かん」

「……いっしょーのおねがい」

「………………」


 リメンバは大きく溜め息を吐いて、歩き始めた。

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