3-9 『命を運ぶ道』


 深夜――


 月明かりがなければ暗闇だったはずの都市は、今や明るかった。

 灯りの色は赤――炎の色。

 ゴウゴウと都市中が炎に包まれていた。悲鳴がそこら中から聞こえる。


「うわあああああ!! 壁が…………!!」


 走っていた男は

 どこかの民家の壁だろうか――なぜかその一辺だけが動き、すべる動きで男を追っていた。


「た、たすけっ――あ」


 男の両隣と正面――普通に建っていたはずのし、逃げ道を失った男は間に圧し潰された。




 別の場所では――

 男と女が逃げていた。空から規則正しく降ってくるレンガの山から。


「なんで物が勝手に動いてるんだ……!」

「外にっ! 外に逃げるのよ! きっとそれ以上は追って来れないはず……!」


 そんな根拠のない希望を抱いて、走る、走る――しかし、二人の目の前にレンガが回り込み、逃げ道を塞いでゆく。

 三方向あったはずの道はレンガによって一つ以外は潰されてしまった。


「こっちは道が塞がれてる! あっちに行くしかない!」

「分かったわ……! あっちに……! きゃ――」

「どうした!? あっ――」


 二人が向かった先の道――急に地面から鉄の槍が生え、二人を串刺しにした。




 また別の場所――

 何人かの男と女のグループが協力して逃げていた。


「くっ、なんでだ……! なんで城壁があんなに高く……!」


 男は嘆いた。それもそのはず。

 数人を縦に積んだ程度の高さだったはずの城壁が異常な高さになっており、都市の最も高い所からでも外を見る事が出来なくなっていたのだから。


「門まで行けば出られるはずよ! 諦めちゃダメ!」

「それもそうか……! よし、こっちの道は安全みたいだ! こっちの道に行こう!!」

「ああ! 行くぞ!」


 彼らは唯一残された道を奔走する――そして門が見えてきた。


「どうしたんだ!? 早く行かなきゃ……!」

「待って……! 上、上を見て……!」

「上……!?」


 彼らは上を見た。

 そこには――が目まぐるしく動いていた。

 さらに、煙突えんとつの上に誰かが立っている。

 中性的に見えるその人物は顔が髪で隠れていて、性別さえも分からない。


「――曲がれ」


 彼が手をかざして念じると――煙突がぐにゃりと曲がって宙を縫い、彼らに向かって突っ込む。


「に……逃げないと……!」

「出口はもうすぐそこよっ! 早く門まで走って!!」

「そうだっ! あそこまで行けば……!」


 彼らの一人が我先にと門へ向かう。

 そして開けようとかんぬきに手を掛けた。


「みんな! 早くこっちへ……」

「――だめっ、離れてー!!!!」

「え――?」


 その時――門の外縁からギザギザした歯のような物が現れ、門自体が口のような姿になった。

 そしてそのまま目の前にいた人物を喰らった。


 残された者達に向かって横から、上から煙突が突っ込んだ。

 瓦礫やレンガが大きな音を立ててバラバラに崩れ去る。

 引き抜かれた煙突のてっぺんにはサンタクロースのような赤色が付いていた。



 都市中が混乱に満ちていた。

 木が飛び跳ね、川は逆流し、家具が襲い掛かり、黒い煙が地を這う。

 都市中のあらゆる物が自由に動き、人々の退路を塞ぎ、殺す。


 そして――生き残った住民は、たった二人だった。




   ♢



「はぁ……はぁ……」


 残された住民の一人が城壁を梯子はしごで上っていた。

 初老の男性だった。その表情は苦悶くもんに歪み、若々しさは感じられない。


「……私の……私達の都市が……市民が……!」


 初老の男性――市長のいる場所からは眼下で燃え盛る都市と惨殺された市民達が見渡せた。

 門は塞がれていたので、こうして梯子を上って外を目指すしか道はなかった。


「……だが……失われたものは……もう仕方がないっ……前を、前を向くんだ私……! ここから脱出し、仲間を失った悲しみを乗り越える……私ならできる……!! やってみせるぞ……! 後ろを振り向いていては……人として失格だ……!」


 そして、とうとう城壁の縁に手が届いた――その時だった。


「あははは……ハハハハ!! 久しぶりだなァ親父!!」


 城壁の上に"彼"が立っていた。

 自在に動く煙突を操作して登って来たのだ。


「な……」

「どうだ親父、お前が作った場所が全部ぶっ壊れちまったぞ? いい景色だなァおい!? なあ誰のせいだと思う? 僕か? ああそう言ってくれても構わない。だがな、よく聞けよ!!

 僕が誰だか誰だか分かるか!? お前の作った失敗作だよ!! お前が!! お前の意志で作った!! お前の過ちだ!! お前が! お前が悪いんだ! お前が全部!全部ぜんぶ!!!」

「まさか……お前が……」


 市長はそれが自分の子供だという事に気付いた。

 髪が長く、顔は見えなかったが。


「この都市の奴らもクズだ! クズばっかだった!! 道を選びようのなかった僕達をあんな目で見やがって! 手も差し伸べない……見てみぬふり、それで努力不足だって言ってさあ!!」


 かろうじて城壁の端を掴んでいる市長に向けて、彼はその顔を見下しながら言い続ける。


「なあ! どう思うよ親父!! お前の教育が!! お前に寄って来た連中が!! この俺を作った、作りあげた!! それに対してどう思うよ、自分の罪を見つめろよ!! なあ、なあ! なあ!!!」

「……どう思うか、か」


 市長は城壁を掴む手に力を込めた。

 数年間ぶりに話した自分の子を見上げながら。


「……さあ、どう思うよ?」


 彼は訊いた。市長の顔を見て。

 そして――市長は一瞬息を止めて言い放つ。


「……戯言ざれごとだ」

「……は?」

「"誰も助けてくれなかった"? "自分が全部正しいのに"? "周りはみんな間違ってる"? "今自分がこうなっているのは全部周りのせい"?

 バカな事を言うな……今、お前が一人な事が! その事実が! 努力せずに何かのせいにし続け、被害者面してきたお前の人生の答え合わせだろうが!!」


 市長は言い放った。自分の人生のほこりを言葉に変えて。

 数年ぶりに話した、自らの子に向かって。


「…………」


 彼は――途端、無表情になった。

 まるでゴミでも見るような侮蔑ぶべつの眼差し。

 彼は手を前に出した――自分の身に何が起きるのか直感的に悟った市長は最期に、歯を食いしばり、長い髪で隠れた彼の顔を睨みつけた。


「……お前など、生まなければ……!」

「……ハッ」


 彼が手をかざすと――市長が足をかけていた梯子が自然に壊れた。

 落ちてゆく父親を見下すように見下ろしながら彼は言った。


「文句言うなよ――自分で選んだ道だろ?」




  ♢



 市長が落ちてから数分後――

 彼は後ろを振り返り、城壁の外の世界と広い夜空を見た。


「アハハハハ。ああ、なんてすがすがしいんだろう」


 彼は両手を広げて言った。


「リメンバさんは理解してくれた。本当にどうしようもなかったっていう僕の事情を、他の連中と違って。……そうだ、理解しようとしなかったのは……お前達だ。僕は被害者面じゃなくて"被害者"なんだから」


 彼は呟く。

 どこか、自分に言い聞かせるように。


「どこかに行って都市を作ろう。そうだ、それがいい。親父みたいにほっぽり出すんじゃなくて……最後まで……面倒見る都市を……そんなっ……"責任感のある都市"を、僕がっ……」


 彼は――涙を流していた。


「僕の……僕のような人が現れなくて済むように……」


 表情がくしゃくしゃに歪む。隠すように両手で顔を押さえる。

 彼は膝を突いてくずおれた。


「う、あ、あ、あ……うああああああああ!!!!」


 慟哭どうこくが誰もいない都市に響いた。










「……」


 反対側の城壁の上で、リメンバとメモリアは全てを見て、聞いていた。

 彼の姿も行いも、市長の言葉も、全て。


「……大丈夫、かな」

「さあ、どうだろうな」


 リメンバは黒剣を片手にそう答えた。


「だが……もし奴が踏み外したのなら……"心判"を下す」


 顔の正面で黒剣を構えた後、鞘に納めながら言った。


「それが私達の使命だ」




 ♢




 次の日――昼。


「どうかしたのか」


 リメンバが歩いていると、街道沿いで荷車を停めて話している人達がいた。

 荷物の様子から商人だろう。全員困った顔をしていた。


「ああ、実はね……都市から人がここに来るはずなんだけど……来なくてねえ」

「ほう」


 商人は昨日リメンバがいた都市の方向を手で示した。


「まったく……あそこは責任感のある良い都市だと思っていたのに」

「精神的に大人な人も多くて、見ていて気持ちよくて……元気を貰えてたんだけどねぇ」

「無責任な都市だ、もう二度と取引はしないよ」 


 無駄足になったせいもあり愚痴を吐きながらしぶしぶ帰る人達。

 それぞれ右と左の道に帰って行った。


「……無責任、か」


 リメンバは呟いて、街道の分かれ道の真ん中に立つ。


「……どっちに行くの?」

「そうだな、なら――」


 リメンバは懐からサイコロを取り出して、振った。

 そして――その出目が出る前に黒剣で切り伏せると、それを踏みつけて道のない真ん中を歩き始めた。

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