3-8 『知らない人』


「……僕さ、審査に受かって、仕事に就いて……すぐやめちゃったんだ」


 彼はゆっくりと話し始めた。


「辛くてさ、嫌でさ……"なんでこんな事してるんだろ"って思っちゃって。気づいたら仕事場とは全然違う場所にいた。仕事場からすっごい連絡いっぱい来てさ、電源切っちゃったよ。

 ……でも、ずっと一人で……誰にも話せなくて不安になって……ああ、見なくちゃって、どんどん大変になるから早く見なくちゃって……でも怖くて見れなくて……十時間くらい経ってから電源をつけたんだ。色々連絡はあったけど、見るのが怖くてほとんどちゃんと見てない。

 でも、その中にさ、父さんから連絡があったんだ。"帰ってくるんだ"って。……何言われるんだろうって、すごく色々考えちゃって、不安で怖くて……それでまた何時間も悩んで……結局、帰る事にした。いつまでも逃げてられないしね。

 ……いつもは厳しくてすぐ怒る父さんだけど、もしかしたら赦してくれる、受け入れてくれるかもしれないって思ったんだ」

「……」


 二人は彼の話を聞く。ただひたすらに聞く事にてっする。


「家に帰って来てさ、部屋に呼ばれて……"何があったんだ"って、ちょっと心配してる風に言ってきた。だから僕、正直に全部話したんだ。嫌だったって、辛かったって。そしたら、なんて帰ってきたと思う?

 ああ、ちなみに怒られたよ。"何をやってるんだお前は!"って。でもね、それはいいんだ。そこは重要じゃない。でもね、その後で――」


 間を置いて――彼は言い放った。


「"自分で選んだくせに!"……って、そう言われたんだ」


 彼は――笑い始めた。


「あ、は、は……自分で……選んだ……? あははっ、なにそれ、なにそれっ、なにそれっ! あははは! 意味が分からなかった! 選ぶ!? 選ぶってなに!? 全然今までそんなつもりなかった! した覚えなかった!!」


 ダン!――と彼は机を両手で叩いた。


「選んだけど……選んだわけじゃない……!」


 叩いた両手が拳に変わる。


「ずっとつまらなかった……生きていても楽しいなんて……嬉しいなんて思った事なかった!! でも死ぬのは嫌で……言われるがままに生きて来て……自分で選べるなら私は生まれてきたくなかった!! なんでこんなっ……つまらない世の中に生み出されて!! 急に放り出されて一人でやれって! やれなかったら責任取れって言われて!

 はあ!? 意味分かんない!!! そんなの知らないっ!! 知らない知らない知らないっ!!! 知らなかった、分かんなかった! 誰も教えてくれなかった!! でも知ろうなんて思えなかった! そうしたいと思えなかったから!!

 生まれてきたくなかったのに……生きてたくなかったのに、なんで生きるためにがんばって調べなきゃいけないの!? やりたくなかった生きていたくなかった!!!

 なのにっ……勝手にレールを敷かれて!! 道を外れたら怒るくせに、急に全部ぶん投げて助けてくれなくなってさぁっ!! はあ!? なんだよ、なんなの! なんなんだよ!!? あああああああっ!!!! ざけんなっ、ざけんなっ!!」


「他にもさあ!色々言われたよ!

『大人なら責任を取れ』

『お前の考えは下らない』

『なんでやる気を出せないんだ』

『甘えるな、どれだけ迷惑かけたと思う』

『明日も朝早くから仕事だったっていうのに……』

 って! はあ!? 知らねー知らねーうるせーうるせー!! やる気とかあるわけねーだろ、やりたい事とか以前に生きてたいって思ってねーんだからよ! ……やっちゃいけない事だってのは知ってんだよ!! でもさあ……! 少しくらいっ……! ……ああっ、クソっ!!」


 彼は――急に涙を流した。


「っ……でもっ……! こんなのっ……どれだけ言ったって……落ちこぼれの僕が言ったって……意味ないっ、誰もっ……! 聞いてくれない……認めてくれないっ!! だって僕は落ちこぼれだから……努力しなかった悪い奴だから! でもっ……そんなの私知らないっ……!

 認めてよ! どうしようもなかったって……!! めちゃくちゃなこと言ってるのは知ってるよ、わがままだってのは全部わかってんだよ!!! でもっ……! だからっ……なんで……」


 ――あらゆる感情を吐き出した。

 自己矛盾も、汚点も、欲望も、全て。

 そしてその叫びは――ある力を掴み取るかてとなる。


「"心査"は合格だ」

「審査……? 嫌な、言葉……」


 彼はそう呟いたが、直後に薄く笑った。


「でも……そっか、受かったなら……いいかな……」


 いつの間にか彼の目の前に――赤い宝石が浮いていた。

 リメンバはそれを手に取り、彼に差し出す。


「お前には権利がある。今までずっと支払い続けた心の痛みという代償に――"ことわりを覆す力"を手に入れる権利がある」

「力……?」


 彼は脱力したまま宝石を受け取った。

 手にしたそれを、幻想的な輝きを放つ宝石に見惚れる。


「……あ、は、は……うん、そうだなぁ……そんなものがあるなら……」


 彼は虚ろな目をして考える。

 瞳の奥に宿したともしびだけは絶やさずに。


「……ああ……僕は、責任を取れって言われた。逃げ出して投げ捨てた責任を……父さんにも……この都市の皆にも、ずっと……」


 彼は宝石を強く、強く握った。


「……じゃあ、僕を生んで、生かして、育てて来たこの都市だって……そうする道を選んだこの都市だって、"僕"の責任を取らなきゃいけないよね……?」


 赤い宝石が――彼の身体に取り込まれていった。

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