3-7 『導しるべ』


 夜中――


「やあ……遅かったね」


 眠そうな声で彼は言った。

 長い髪の毛が顔の半分を覆っている。


「もう来てくれないんじゃないかって不安で仕方なかったよ。でも寝たらすれ違いになっちゃうから起きてたけどね」


 リメンバは特に答えず、彼に問う。


「お前に母親はいるか?」

「? ううん、知らない。僕が小さい時に死んじゃったみたい」

「そうか」


 急な問いに戸惑う彼だったが、だんだんとその存在について考え始める。


「……母さん、か」


 彼は溜め息混じりに呟いた。


「どんな人だったんだろうな。……僕に似てるところ……あったのかな……」

「……」

「でも、どうして急にそんな事を――」


 彼は言っていて、一つの可能性を思いついた。

 母にとって、子である自分以外に最も近い存在を。


「……そっか。父さんに……会ったんだね?」

「ああ」


 彼は眉をひそめ、下を向いた。


「……強い人だろう? 自分のやりたい事を見つけて貫ける力……壁にぶつかっても諦めない力。僕とは大違い……どうしてあの人から僕みたいなのが生まれちゃったんだろうね……」


 彼はいつもの調子で自虐を繰り返す。

 ――リメンバは前に出た。


「お前の父は確かに強い。だからこそこの都市を築けたのだろう。だが――お前にもあるはずだ」

「……? あるって……何が?」

「お前にも意志が――進みたい道があるだろう」


 リメンバの言葉に、彼はキョトンとする。

 そして、くっくっと喉を詰まらせながら笑った。


「あ、は、は、は……そんなのないよ……僕に進みたい道なんてない。

 ……僕は何もない。だから何も出来なかった、やり遂げられなかった……時間はいっぱいあったのに、お金だって手に入る国に住んでいるのに、僕自身に何もなかったから……僕に望みなんて……選びたい道なんて……」

「そんなはずはない」


 リメンバはピシャリと言い切った。


「お前が本当に選びたい道がないのなら……私は今、こうしてお前の前にいない」

「……はっ……なにそれ、根拠になってないし……」

「私には分かる、数多あまたの心を見て来た私には。お前がめども尽きぬ感情を流し続けているのを」


 リメンバは目を逸らす事なく彼を見る。

 その視線が彼を貫くと、彼は居心地悪そうに目を逸らした。


「今まで選びたい道がなかったとしても……今のお前にはあるはずだ。奥底に眠る想いが導く道が」

「……やめてよ」


 彼は両手で耳を軽く塞いだ。


「……意味ないよ、こんなの……何もしたくない、言いたくない……どうせ無駄だもん……」

「生まれてずっとこの場所にいて、それでも染まり切らなかった心がお前にはある。理性で押さえつけてしまっている心が」


 彼は強く、耳を塞いだ。


「そんなの……ない……!」

「私にはそれが分かる。"想い出したい" "吐き出したい"と願う心の存在が。そしてそれを想い出させるために――私はここにいる」


 リメンバは右の剣鞘から飛び出た輪っかに手を掛け、赤剣を取り出した。

 人の心が宿っているとされる心臓の色によく似た――その剣を。


想い出せ、お前自身をリメンバー・ユー


 ――リメンバは彼の胸を突き刺した。

 しかし血液は流れず、切り口は赤く鮮やかに光り出す。

 その一連の出来事に、彼自身は気付いていないようだった。


「あ、あ、あ、あ、……」


 彼の脳裏に記憶が甦る。

 想起、追憶、追想――抑え続けていた"自分自身"が這い出ようと訴える――


「さあ――"心査"を始めよう」

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