3-6 『追憶の剣』


 夜――客室。

 とんでもなく食い溜めて部屋に戻ったリメンバは窓から外の景色を見ていた。


「……」


 都市の中心にあるこの建物からは都市の全てを見下ろす事が出来た。

 街中の明かりはほとんど消えていて、月明かりだけが都市と遠くの海を照らす。


「……美しい景色だ」

「……めずらしいね、リメンバがそんなこと言うなんて」


 メモリアの言葉に、リメンバは一瞬だけ考えて答える。


「どうでもいいからな」

「?」


 メモリアは発言の意図が分からないという様子だ。

 リメンバはふわふわしているメモリアを見て、なんとなく説明してやろうという気持ちになった。


「心は……どうでもいい部分は気まぐれに揺れ動くものだ。

 美しいと言ったものを次の日には醜いと言っていても……おかしな話ではない。それは"どうでもいい程度の美しい"だからだ」


 リメンバは自らの胸に手を当てる。


「だが……心の奥底から美しいと思ったのなら、それは簡単に揺れ動くものではない。私はこの景色を見るたびに必ず"美しい"と言う事だろう」

「……つまり?」

「つまり――どうでもいい景色だという事だ」


 リメンバは面倒くさくなったのか、話を切り上げるとふところからある物を取り出した。

 それは、市長が見せた妻の指輪。


「あ、どろぼー」

「あとで返す。それより……」

「……?」

「ああ」


 リメンバは右の剣鞘から赤剣を取り出すと――指輪に突き立てた。

 貫いたはずだが指輪は壊れる事なく、その箇所に赤剣が透過していた。


"想い出せ、縁の者を"リメンバー・アスター


 指輪が赤い光に包まれる――

 そして、二人の脳裏に映像が流れ込んで来た。

 追憶する――この道具に込められた持ち主の想いを、記憶を、出来事を。




   ♢




 私には、子供の頃のトラウマがあった。

 演奏コンサートで失敗したのだ。

 大勢の人の失敗を見る視線が今でも忘れられない。

 だからそれ以来、強くなろうと努力をした。

 私はそれから強くなれた。

 ……なれているつもりだった。


 私は大人になった。

 あの時の弱い私はもういない。

 勇気を出して、大きな事業を起こした。

 でも、失敗した。

 失敗――それは私のトラウマ。

 私は膝を突いてしまった。


 私は辛かった。投げだしたかった。

 だけど、これでめげるわけにはいかない。

 どれだけ辛くても……努力はやめてはいけない。

 立ち上がって必ず運命を掴み取ってみせる。乗り越えなくては――


 ……でも、でも、少しだけ……

 少しだけ……前を向くまでの時間が欲しかった。

 その時に私が頼ったのが、最近ビジネスパートナーにもなった夫だった。


 最初は、

「前を向け! そうすれば運命は付いてくる!」


 次は、

「いつまでもウジウジしてるんじゃない!」


 最後は、

「いい加減にしろ! そうやって泣き言ばかり……いつまでも被害者面する奴など私の前から消えてしまえ!」


「あなた……」


 ……彼にとって、私の"少しだけ"は長すぎたようだった。


 ごめんなさい……あなたには迷惑だって分かっていたけど……

 辛くて……寄りかかりたくて……あなたに甘えてしまった

 あなたはそういうのが嫌いな人だって、知っていたのに……


 ごめんなさい……ごめんなさい……私は駄目な女です……


 さよなら……あなた……


 でも……


 でも、せめて……


 子供には……


 私達の子供が……本当に困っていたのなら……


 手を差し伸べてあげて……

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