3-5 『運命』


「やあ、ようこそおいでに」


 市長は自らの部屋に訪れたリメンバ達を迎えた。


「言われた通り来たぞ。美味い物とやらは食えるんだろうな?」

「ははは。ええもちろん、どうぞ好きなだけ食べていってください」


 部屋の中に入ったリメンバ達の視界に入って来たのは市長らしい豪華絢爛な部屋……ではなかった。

 広さこそあるが庶民の家と同じような内装で、家具やインテリアも平凡なもの。

 唯一違う事があるとすれば、棚にトロフィーや勲章がいくつも飾られている事だった。


 リメンバと市長は席に座る。メモリアもふわりと近くに寄った。

 テーブルには豪勢な食事が並んでいた。


「さて、話をしたいと言っていたが……こちらから訊いても良いのか?」

「ええ、もちろん。リメンバさんの価値観を知るために話そのものがしたいだけなので、話題は何でも構いません」

「なるほどな」


 美味い物をつまみながら話すリメンバ。

 "食べられないから"と不貞腐ふてくされそうなメモリアも、たくさんの食べ物が並んでいる事で見ているだけで楽しくなれるらしく、目で楽しんでいた。


「なぜこんな都市を創った?」

「こんな……というと?」

「努力を高く評価し……そうでない者に冷遇する市政になっているのはなぜだ」

「……なるほど。いざそう問われるとどう答えたものやら……」


 市長は困った様子――というほどでもない様子で頭を掻き、流れるように話し始めた。


「昔から……努力が好きなのです。何かにのめり込んでいる時はもちろん楽しい。ですが、何かにつまずいてしまう時もあります。

 努力は確かに辛い……しかし、それを乗り越えると、自分に出来る事が増えている。成長している。その事に気付いた私は努力が好きでたまらなくなりました」

「……たのしい事も"努力"って言うの?」

「はは、まあそこはどんな言葉でもいいです。何かをしている時、躓いても、躓かなくても楽しいと感じられるようになった、という事が伝わってくれれば」

「ん……わかった」


 メモリアは素直にうなずくと、市長は話を続ける。


「それから私は努力を続け、どんどん自分自身の成長を遂げていきました。すると……努力を進んで行う、私に似た価値観の友人や知り合いが増えてゆきました。

 私は努力している人を見るのも好きです。誰かが何かを出来るように……例えば楽器を弾けるように努力したり……剣技が上手くなったり……友人がそれを出来るようになると、自分の事のようにうれしいのです」


 市長は胸に手を当てた。


「おかげで今では……自分で言うのもなんですが人望も獲得し、市長に至ります。"運命"という言葉がありますが……努力をしている人は運命を掴めるのです。

 ……決して降ってくるようなものでもなければ、泣き言ばかり言い続ける人間に掴めるものでもない」


 後半の言葉を市長は苛立ったように言った。


「……失礼、つい感情的になってしまって」

「何かあったのか」


 淡々たんたんと問うリメンバ。

 市長は少し気まずそうになり、少し悩んだ後、


「……こんな事をお若いお二人に話すのは恐縮なのですが」

「聞きたい。聞かせて」

「おや。はっはっは。では少しだけ。長い話でもありません」


 メモリアの天然っぽい話し方が市長の緊張をほぐし、口を開かせた。

 市長は机の奥に仕舞った指輪を取り出して二人に見せる。


「それは?」

「……私の、結婚指輪です」

伴侶はんりょがいたのか」

「はい。ですが……文句ばかり言って、成長しない女でした」


 溜め息混じりに話を続ける。


「妻も事業家でしてね。そこから縁があり、夫婦となったのですが……その後、妻は事業で大きな失敗をしたのです。それによってあいつは財産の大半を失いました」

「……夫婦は財産を共有するというルールの場所もあるようだが」

「いえ、この都市では金銭面において助け合う義務は存在しません」

「そうか」


 市長は話を続ける。


「……事業の失敗……その辛さは分かります、私もかつては失敗を繰り返して来て知っていますから……しかし、あいつはいつまでもいつまでも……前を向こうとしませんでした。

 その姿勢に私は我慢が出来ず……それで私は縁を切ったのです。今どうしているかは存じません」


 簡易的な話だったが、市長はそれで充分スッキリしたように見えた。


「縁は切っても、その指輪は持っているのだな」

「ええ、物に罪はありませんから」


 市長はそう言って指輪を軽く握りしめた。

 そして、誰にも聞こえないような声でぽつりと呟いた。


「やれやれ、似てしまったのかね……」

「……」


 二人はそれを聞き逃さないでいたが。


「リメンバさんを一目見た時に分かりました。あなたは努力……というより"意志"を大切にする人です。その強い意志を宿した瞳……私はその眼を持つ人が好きなので」

「……最初、リメンバを見てたのはそういうこと?」

「気づかれていましたか。いやお恥ずかしい」

「ん……」


 メモリアは気の毒そうなオーラを発しながらリメンバを見た。


(……そっか、しちょーはかわいいから見てたんじゃないんだ……)


「? なんだ姉さん」

「……落ち込まなくていいよ。リメンバは充分かわいいから。私は分かってるからね」

「何の話だ」


 二人のやり取りを見て市長はほがらかに笑った。


「ははは、リメンバさんは可憐かれんな方だと思いますよ。ただ、私とでは歳が釣り合いませんね」

「フフ。確かにそうだな」


 そうして――夜は更けていった。

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