3-4 『みちこぼれ』
室内――
薄暗く、
灯りはぼんやりとした電球が一つ、天井についているだけ。
二人は以前訪れた工業都市で見たコンテナの中にいるような気分になっていた。
「……暗いね」
メモリアは呟く。天井の電球より彼女の方が役に立っていた。
リメンバは特に反応を返さず、正面にいる気配の元に気を配る。
すると――声が聞こえた。
「……3」
数字を言ったらしい。男とも女とも取れない中性的な声だった。
その人物は手に取った
「……習い事を習う。2000ルピア払う」
灯りの下にぼんやりと見えるのは――床に座り込む、髪の長い人だった。
前髪が目を覆い隠して顔がよく見えず、座っているせいで背も高いのか低いのか分からない。青年か、少年か、少女か。
手に持ったサイコロを軽く投げる――ころん、と転がり目を出した。
「……6。…………一流企業に就職する。収入アップ」
床にはゲーム盤のようなものが置かれている。どうやらすごろくのようだ。
彼――性別がどちらか分からないので暫定的に"彼"と呼称する事にする――はリメンバ達に気付く事なく、一人二役ですごろくを続けている。
彼はサイコロを振り、もう片方の駒を動かした。
「……家が火事になる。一回休み。
……は、は、は。家が火事になって一回しか休まなくていいのか。強いなこの人は……いや、家が大事じゃなかっただけか……?」
「……」
リメンバは
すると彼は気付き、慌てる様子もなくゆっくりと顔を上げた。
「……? 鍵が掛かっていたはずだけどな」
「壊れていたぞ」
「えっ」
「そっか。まあ、なんでもいいや」
メモリアは何か言いたそうにしていたが、結局言わなかった。
彼はサイコロをゲーム盤に置くと、後ろにあるソファーに座った。
「ようこそ。ここはエリートによる、エリートのための都市だ。他のエリアはキラキラしていただろう?」
「えりいと?」
「……"選ばれし者"という意味だ」
リメンバは
彼は突然喋った光る球に驚きの視線を向けた。
「あは。なにそれ、喋るんだね」
「メモリア。よろしく」
「うん、よろしくね。……そういえば、君の名前は?」
「リメンバだ」
「そ。よろしく」
彼は二人それぞれにニカっと笑いかけた。
「それで、エリートのいないこんなスラムな場所に何の用かな?」
「都市の意向とは真逆の連中がどんな奴らか見てみたかった。表の連中は皆、ここを嫌っているようだったからな」
「あけすけに物を言うねえ。……でも、なんだか不快じゃないよ」
「この都市にいるのは基本的にとても優秀な
そして、このエリアの住民は……エリート街道から道を踏み外しちゃって仕事にも就けず、都市からの保護を受けてだらだら過ごしている連中さ」
彼は両手を宙に出して道化のように喋る。
「でも、エリートの人達には責任感があるからね。この都市は僕みたいな落ちこぼれでも面倒見てくれるんだ。どんな奴にも最低限の衣食住が保障される……だから一生働かなくても生きていける。
ここに来るまでに何人かいただろう? 何もしないで、ただずっとだらだら……長い事そんなだったから、もう言葉も話せなくなっちゃってる人もいる」
彼は馬鹿にするかのように話していたが、ふと視線を床に落とす。
「……僕もその内ああなるのかな……」
彼は思い出したかのようにサイコロを手に取り、転がした。
「……台風で吹き飛ばされる。ふりだしに戻る。
あ、は、は……ふりだしに戻れたらどれだけ嬉しいか。マイナスマスじゃなくてプラスマスだよね」
途切れ途切れの少し変わった笑い方をする彼。
話も途切れたとリメンバは判断し、知りたい事を話すように
「踏み外した、と言っていたが」
「ケガでもしたの……?」
メモリアは彼の足元にふわりと近づいた。
「あは、そういう意味じゃないよ。
……そうだな、少し長くなるけど……聞いてくれるかい?」
リメンバは頷き、メモリアは肯定を示すようにふわりと飛んだ。
彼はゆっくりと話し始めた。
「……この都市はね、成人したら必ず責任のある大人として職に就かなきゃいけないんだけど……僕はそこで頑張れなかった。他の人が頑張ってる中で、すぐ辞めちゃったんだ。大人としての……この都市では当然の道を、僕は"踏み外した"
……僕はどんどん転落、そのまま社会の歯車からお荷物へ。それで今じゃこんな引き籠りをしてるってわけ。……その代わり、毎日指差されて冷たい視線に怯える毎日だけどね。『自立してない怠け者』って。それがこのスラムエリアさ」
彼は自虐っぽく話し続ける。
「……でも、それでいいよ。知ってる? この都市の僕の同年代の人数ってちょうど千人なんだ。だから僕は千分の一の失敗作……千分の一の
他にそれだけちゃんと出来てる人がいる中で僕だけがこのザマだからね。自分で進むべき道を調べもしなかったクズ……自分で、選んだ……道さえもろくに歩き切れないようなどうしようもないクズ……僕は……落ちこぼれなんだ。いや、"道こぼれ"かな」
彼はソファーに背を預け、天井を見上げた。
「僕はもうこのまま生きて、このまま死ぬ。……がんばってまでこの世界で生きていたいと思わない。一応さ、このエリアの住民でも申請して、それが認められれば職に就いたり、発明のアイデアがあるならその研究費を貰ったりも出来るんだ。実際、一度このエリアに来ても這い上がった奴はいる」
「ほう、夢がある話だな」
リメンバの言葉に彼はふっと笑い、視線を下に向ける。
「でも……僕は……がんばるのは嫌なんだ……そんなの一回もやった事ないからさ……本気の出し方なんて知らない……それを今さら知ろうとも思えない……こんなに、毎日自由な時間がいっぱいあるのに……
生きててもつまらないけど……死ぬのは怖い。ずっとこうやって口ばっか達者になって……頭でっかちで、足は動かない……どうしようもない奴だよ、僕は……」
彼は深呼吸をし、ゆっくりとリメンバの方を向いた。
「……自分勝手で酷い理屈でしょ? 嫌いになった?」
「別にそうは思わん」
「……そっか。君は優しいんだね。それとも無関心なだけなのかな……いや、無関心って優しいのかもね……」
彼はぼやくように言った。聞こえるように話しているつもりもないのだろう。
「ごめんね、誰かと喋れるのが久々だから。めちゃくちゃな独り言言ってる自覚はあるよ。……だから、ゆるしてほしいな」
彼がそう言った時――ピーピー、と機械的な音が鳴った。
リメンバは軽く身構え、メモリアはふよふよと飛んだ。
「ああ、警戒しなくていいよ。ただの食事の時間だ」
すると、彼は壁に取り付けられた小さな引き戸を開ける――
中には両手で持てる程度の大きさの茶色い箱が入っていた。
さらに茶色い箱を上にすっと取り外すと、中には透明な丸いドームに包まれた料理が入っていた。
「ほう」
「遠くからひゅーんってパイプを通って送られてくるんだ。すべり台みたいにね」
「たのしそう……」
リメンバとメモリアは感心した様子だった。
リメンバはふと思い立ち、ある問いを口にする。
「その料理の名は、なんと言うのだ?」
そう口にしたリメンバは試すかのような眼差しだった。
彼は少し悩むと、考えるのを諦めた。
「さあ……そういえば名前は知らないなあ。ちょくちょく変わる30種類のメニューから食事を選べるんだけど……名前、気にした事なかったや」
彼は食事を取り出し、透明な蓋のような物を外した。ほわっと湯気が出る。
赤く色づけされた米を、
「いつも思うけど……なんで運ばれてる時にこぼれたりしないんだろうね。まあ、僕とは違うエリートの誰かが発明したんだろうけどさ。
すごいよね……遠くの人と通信できる機械もあるんだけど、僕はそれがどうやって動いてるかも知らないで使ってる。作った人は全部分かるのにさ」
彼は銀色のスプーンを手に取り、カツカツ、と皿をつつく。
「ああ……僕は……何にも知らないなぁ……」
悲しそうに呟くと、やがてスプーンの音が鳴り止んだ。
すると彼は気まずそうに二人の方を向く。
「あ……のさ、僕……人に食事を見られるのが苦手だから……」
「そうか。では帰るとしよう」
「ごめんね」
リメンバはさっと振り返り、扉に手を掛ける。
あまりに
「あっ――待って! ……えっと、まだここには滞在する予定かな? もし暇だったら夜にまた来てよ。……君達ともっと話してみたい」
「ああ、いいだろう」
「うん、あとでね」
リメンバは少し満足そうに微笑んだ。
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