3-2 『努力する人々』
都市内部――
「ようこそ、我が都市へ」
市長が自慢げに手のひらで示したのは華やかな街並みだった。
石とレンガ造りの道や民家、色のアクセントに緑の街路樹が一定の間隔で植えられている。
道行く人々は笑顔で活気づいていて、それでいて騒がしすぎない。
嫌味なほど豪華すぎず、気分が悪くなるほど貧しすぎない――そんな素敵な景観だった。
「良かったら私が案内しましょう。ええと……」
「リメンバだ」
「リメンバさん。それで、どうしますか?」
「そうだな……」
リメンバは少し悩んだ。
そこらの人間に案内されるなら断るところだが、この者は都市の長――それなりの"意志"がなければ成り得ない。
リメンバはそういった人間の言動には一定の価値を見出していた。
「では、頼む」
「はい。少し待っていてください」
市長は馬車を
「それでは、ご案内しましょう」
♢
商店街には青果屋、鍛冶工房、酒場などが屋台化したものが立ち並び、どれも賑わっていた。
街中を通る水路には水鳥が飛び交い、人だけではなく自然の民もいる。
そんな光景を見てメモリアが楽しそうにふわふわと浮いていた。
「おー、わくわく」
「ん? 今のはリメンバさんが?」
「いや……こいつだ」
リメンバは指でメモリアを指差す。
「私はメモリア。よろしく」
「おお? これはどういった……」
「ただの喋る球だ。気にするな」
「はあ……」
市長はまだ何か問いたそうだったが、リメンバの毅然とした態度に圧されて言葉を引っ込めた。
「ではメモリアさん、よろしく」
「うん」
♢
商店街を練り歩く三人――
その果物屋さんの屋台の前に市長は立った。
「リンゴを二つくれるかな」
市長が言うと、別の接客が終わったばかりの果物屋の主人が振り向いた。
「はいよー! リンゴ二つね……って、市長!? 帰られてたんですか!?」
「ああ、ついさっきね」
「いつもご苦労様です……! 市長のおかげで毎日、安心して商売ができますわ」
「いやいや、君自身の頑張りのおかげだよ」
果物屋の主人は市長に気持ちよく頭を下げた。
次は八百屋さん。
「あなたのおかげで毎日が楽しいです、充実しています。あ、これ焼きトウモロコシです」
次は魚屋さん。
「遠くから来たかいがありました。私の国では自由がなかったので……どうぞ、魚の串焼きです」
次は屋台のお姉さん。
「アタイのところは職業が世襲制でね……親の仕事を継がなきゃならなかったんだ。親が死んじまって思い切って出て来たけど……良かったよここに来て。ありがとね市長さん! はいこれ、チョコバナナ!」
次は粉物の屋台のお兄さん。
「僕の国では戦争のせいで……ほとんど兵隊にされてしまうんです。亡命して良かった! これ、故郷の食べ物"はしまき"です!」
色んな場所を回る――その度に礼を言われ、何かを貰う。
公園のベンチに辿り着いた時には市長とリメンバの両手は頂き物で塞がっていた。
「……大人気だな」
「しちょー、すごい」
「大した事はしていませんよ。みんな、自分の努力を私のおかげだと勘違いしているだけです」
市長の
「貰うぞ。荷物持ちのお代だ」
「ええ、どうぞ」
両手に串――リメンバは両手に持った食べ物をバクバクと食べる。
メモリアはそれを羨ましそうに見ていた。
市長はベンチに深く座り、都市と空を視界に収めながら言う。
「素晴らしい都市でしょう。皆が皆、輝いています。これもこの都市に住む皆が自ら努力し、望んだ事をしているからこそ……」
「うん……ステキな場所だね」
メモリアの言葉に市長はニコッと笑った。
「私は昔……商売をしながら各地を転々としていました。
そして三十年前にこの地に身を据えると次々に人が集まって来て……当時は若造でしたが皆が着いて来てくれました。それで紆余曲折があり……私は晴れて市長となったのです」
「ほう。今の長というだけでなく、都市の創立者だったか」
市長はうなずいた。
「この都市では"努力をする人"を出来る限り支援したいと思っています。
何かを学びたいなら本の代金などを、発明がしたいなら研究費を。夢を叶えるために何かが必要ならこの都市はそれを応援します」
「なぜそうする?」
リメンバの問いに市長は悩まず答える。
「自己の
「なるほどな」
「その代わり、そういった支援は申請しないと手に入りません。その申請のための情報も簡単には手に入らないようにしてあります。……自ら努力しない、助けを求めてばかりの人にはこの都市での生活は厳しいかもしれませんね」
市長はベンチから立ち上がり、両手を上げて背伸びをした。
「さて! 私は今から少し仕事があるのでお
もしリメンバさんさえ良ければ仕事が終わった後、私の部屋に来てくれませんか? ……あなたとはもう少し話してみたい」
「ほう」
「美味しい食事を持って来させますよ」
「いいだろう」
リメンバは即座に頷いた。
市長が立ち上がり、去ろうとする――その時、何かを思い出したかのように振り向いた。
「――ああ、そういえば」
「なんだ」
「言い忘れていたんですが、あの辺りには近づかないでください」
市長は向こうの方向を指差す。まだ行った事のない方向だった。
「ほう、なぜだ」
「……客人にお見せできる場所ではないので」
「近づいたらどうなる?」
「強制退去」
市長は脅かすような低い声を出す――そして、
「――していただきますよ?」
ニカっと笑って冗談っぽく言うと、そのまま去って行った。
「退去、か」
リメンバはなんの障害もない事を確認すると、少し楽しそうに笑った。
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