『道なき道』

3-1 『ぐるぐる』


 広がる草原――

 太陽が燦々さんさんと気持ちよく照りつける。

 雲は半分もないほどで、青と白が美しい空模様を描いていた。


「何をしてるんだ、姉さん」


 長い白髪の少女が言った。

 少女の腰には左右それぞれで二つの剣鞘があり、そこから黒色と赤色をした特徴的な見た目の輪っかが出ていた。


「……」


 少女の足元で光る小さな球体――メモリアがふよふよと地面の近くを揺らめいていた。


「……見て、リメンバ。ぐるぐる」

「ぐるぐる……?」


 リメンバはメモリアの視線の先を見やる。

 そこには小さな黒い虫がいた。

 黒い、団子のような虫だった。


「……つつくとね、まるまるんだよ」

「まるまる……?」


 光る球体であるメモリアは木の棒を持っていた。

 ……見ようによっては突き刺さっているように見えるが。

 メモリアは前進する虫を木の棒でつつくと、虫はその場にくるんと丸まった。より団子のように。


「……ほら、まんまる」

「……そうか」


 しばらくすると団子のような虫は元に戻り、また前進し始める。

 すると――虫の進行方向に小さな砂の壁があった。アリか何かが作ったものだろう。


「……右」

「左だ」


 急にそんな事を言う二人。

 虫は砂の壁にぶつかると右に曲がった。


「……私の勝ち」

「……チッ」


 虫はさらに前進する。

 そこには大きな石があった。


「右だ」

「……左」


 虫は石の壁にぶつかると、今度は左に向かった。

 ――この虫には『左に曲がったら今度は右に曲がり、右に曲がったら左に曲がる』という性質があるのだが、二人は知らなかった。


「くっ……」

「ふふ……よわいんだね、リメンバ」

「……この虫……」


 リメンバが黒剣を抜いたのを見て、メモリアはふわふわと止めるのだった。



   ♢



「都市か」


 城壁で囲まれた都市があった。塀の高さはリメンバ三人分ほど。

 レンガや石造りで背の高い建物がここからでも多く見える。


「……どうするの?」

「もちろん入る。さて入り口は……」


 ぐるっと進むと入り口に辿り着いた。丸太の槍で作られた開閉式の門があった。

 そして、その門の前で門番が――寝ていた。


「ぐう……ぐう……スヤスヤ……」

「……」


 たったまま器用に寝ている……鎧によだれが垂れていた。

 リメンバは薄目で門番を見た。メモリアがふわりと飛ぶ。


「……リメンバ、切れる?」

「こいつをか?」

「違う……門のほう」

「フン、当然だ」


 リメンバは左の剣鞘から黒剣を抜く――すらり、と重さがないかのように振る舞う。

 そして、剣を振り被った時――


「む……」


 後ろから音がして、リメンバは剣を降ろした。

 馬車の走る音だった――その音を聞いた門番は急に跳ね起き、だらしなく垂らしていたよだれをぬぐってずれた装備を整えた。

 この音で起きる事に慣れているかのように迅速な動きだった。


 馬車が近付き、リメンバと門番の前で止まる。


「市長! お帰りなさい!」


 ――その声に応じて、一人の男が御者席から返事をする。


「ああ、ただいま」


 御者ぎょしゃ席に乗っていたのは初老の男だった。

 その一声だけで分かる、自信に満ち溢れ、どっしりとした声。

 しかし、その垢抜けた表情は傲慢ごうまんさや老いを感じさせず、気持ちの良い青年のように若々しく見える。


「市長……か」


 リメンバは少し興味深そうに呟いた。

 その声に反応して御者席の男は振り向く。


「そちらのお嬢さんは?」


 市長と呼ばれた初老の男はリメンバを見て言った。

 市長もまた、リメンバを興味深そうにまじまじと見ていた。


「……良い目をしているな」


 市長は誰にも聞こえないほどの声で呟いた。


「この都市に入りたい。構わないか」

「ああ、いいとも。歓迎しましょう」



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