2-8 『向き合う心』


 次の日、昼――

 その村では今日も昼から酒場が賑わっていた。


「あの女の子……いや、あのガキもなんだかめんどくせぇ奴だったな」

「ああ、ホントホント。途中まではおもしれー奴かなって思ったけど……急に帰りやがってさ。興醒めだよ」

「でも、なんで急に帰ったんだろうな?」

「あの男の恋人だったりしてなー!」

「あはは! それなら怒って帰っちゃったのも分かるわ!」


 相容れなかった人を肴に盛り上がる。毎日の日課。

 意気投合した者だけがこの村に残り、一員となる。

 ……この村で生まれた者を除いて。


 そんな時――男がうっかり樽ジョッキを落とした。

 床に落ちたそれは豪快に割れ、中に入っていた酒が飛び散り、何人かの身体に飛ぶ。


「あー!? おいおいふざけんなよ、何やってんだよ」

「わりぃわりぃって。……ったく、そんなに言わなくたっていいだろ、どうせ洗ってもいねーくらいてめえらクセぇんだから」


 男は、いつも以上に余計な事を言った。

 普段なら黙っているはずの事を。なぜか言いたくなったのだ。


「は? なによクソ野郎。アンタさ、前から思ってたけど仕事休みすぎよ。そのデカい図体で何回体調不良になるの? アンタのせいでどれだけ周りに迷惑かかってるか、どれだけ苦労してるか……って、わかんないわよねアンタじゃ。どうせ仮病のくせしてさ」


 女は、いつも以上に余計な事を言った。

 相手の心に踏み入る言葉を。なぜか言いたくなったのだ。


「んだよおまえら、店の空気悪くすんな。酒が不味くなる。さっさと出てけ」

「外野がスカしてんじゃねーぞ。冷静ぶって偉くなったつもりか? あ?」

「アタシもそういうのムカついてたんだよねー。いきなり出て来てなんなの?ってカンジ」

「……コバンザメみてーに誰かに付いて悪口言うしか出来ないお前こそ人間としてクズって感じで大嫌いだけどな。頭に何詰まってんだ? 馬糞か?」

「はあ? ほんっとウザ。だから奥さんに逃げられるのよ」


 全員が全員、余計な事を言う。

 しかし、噓を吐いている者はいない。

 ただ、だけ。

 言葉の応酬が感情のぶつけ合いになるまで、多くの時間はいらなかった。


「テメェ……! それを言ったらおしまいだろうが……! このクソ××××が!!!」

「ハァ!? アンタこそ何言ってくれてんの!? ×××の××××!!」

「いい加減にしろよ! それ以上言ったら殺して××って××××るぞ!!!」


 彼らは通常ではありえないほどの異様な高揚感で包まれていた。

 特殊なお香を焚いたかのような、ある種の木の皮を煎じて飲んだかのような。

 "なんでも言い合える" を "なんでも言い合う"に変えてしまう、そんな高揚感。

 当事者、仲裁者、傍観者、全員が巻き込まれてゆく。自ら乗り出してゆく。


 感情のぶつけ合いは留まる事を知らず――


「どうせ口だけだろうが!! 受けてやるよ!!」

「上等だオラァ!!」

「いいわよ、全員×してあげるわ!!」


 ――殺し合いが始まった。



   ♢



 一刻ほどが経ち――


 酒場の外にいた村人達も騒ぎを聞いて中に入っていったが、出て来る者は誰もいなかった。

 そんな誰もいなくなった村に――男と少女、そして光る球がいた。三人は音の聞こえなくなった酒場を前に立つ。


「……まさか一人残らず死んでしまうなんて」


 男が呟いた。この村の出身だった男。

 しかし、少し驚いた様子ではあるものの特別な感情は見えなかった。


「罪の意識があるのか?」

「……申し訳ないですが、全然」

「そうか」


 リメンバは気にした様子もなく答えた。


「ありがとうございました。あいつらに人の心と向き合う事の恐ろしさを……最期に、伝えてやれて良かったです」

「礼などいらん。それはお前の心が苦しんだからこそ得られた力だ。感謝するなら……今までそれに耐えたお前自身にするのだな」


 男は自らの胸元に手を当てた。

 哀情を薄っすらと浮かべたような、そんな表情をしていた。


「……ところで、一つお願いがあるんですが……」

「なんだ」

「……」


 男は両手を広げて大げさに深呼吸をする。そして、


「……良かったら、僕と友達になってくれませんか……?」

「……」


 リメンバは少し間を置いて、首を横に振った。

 それを見た男は落胆するわけでもなく、薄く笑った。


「はは、フラれてしまいました。残念です」


 なんて、満足気に答えた。


「僕……どこかの村に行ってみます。そこで……信頼できる誰かを見つけてみたい」

「……そうか」


 男はあっさりと振り返ると、もう二人の方を見る事なく街道を歩いて行き、やがて姿が見えなくなった。

 二人きりになり、ふわりとメモリアが飛ぶ。


「……あの人、嫌われたくないって言ってたのに……友達になるの、リメンバに断られても大丈夫そうだったね……?」

「もとより嫌われたくなかったわけでもないのかもな」


 リメンバの言葉に、メモリアが首を傾げたような反応を見せる。


「奴は復讐を果たした。それによって何かが満たされ、心が安定したのだろう。この先、奴は前を向いて生きられるかもしれないな」

「……それなら、良かった」

「ああ」


 リメンバは振り返った。

 滅びた村を背に、地平線まで続く街道を見据える。


「さあ、行くぞ」

「うん、行こう」

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