2-7 『めちゃくちゃ』


「僕は……誰かに嫌われるのが嫌なんだ……! 感情をぶつけ合うのが嫌なんだ!」


 男は吐き出すように話し始めた。


「思ってる事を口に出したらケンカになるに決まってる……! だから僕は言わないのに……」

「……」

「僕はちょっとした不満を伝えられる事だって嫌なんだ。……相手にとっては大したことない、ちょっとした事かもしれない。別に僕を傷つけるためじゃなくて、ちょっとした気持ちで僕に不満を伝えてるんだろう。……でも、ちょっとの不満を言われただけでも……僕は相手に大きな不満をぶつけてしまう。不満を言われた事が……多分、他の人と違ってすごく嫌だから」


 男はリメンバから視線を逸らし、地面を見ながら話し続ける。


「……でも向こうはちょっとした事を言っただけなのに僕がものすごく怒ったと思うだろうさ。だからもっと不満をぶつけてくる……それでお互い繰り返してどんどん大きくなって……ああ! そうなるって分かってるから嫌なんだよ! 大ゲンカするくらいなら最初から何も伝えない方がマシだって、作り笑い浮かべ合ってた方がいいのに!!

 "大ゲンカしてからが親友だ"とかあいつら言ってたけどそうじゃないんだよ……一回のケンカがもう修復不可能なんだよ! 悪口を言われた事を忘れられないんだよ……! でもそれを言ったって認めてくれやしない……! なんでそれをこっちが異常者みたいに言われなきゃいけないんだ!」


「僕はあの村の皆の考え方がずっと嫌いだった!!

 "あえてケンカを吹っ掛ける"とか、仲良くなるために悪口を言うとか……なんだよそれ!? それで傷付けないようにしてた僕が悪者扱いで……意味が分からない! 傷つける人間が悪いに決まってるじゃないか! なんであんな事を言う人間が満たされてて……あいつのせいでこうなった僕は満たされてないんだ……! こんなのおかしいじゃないか……!」


 めちゃくちゃで、ぐちゃぐちゃな感情の羅列。

 順序も変で、理解し辛い。主張がいくつも混じっていて真っすぐ入ってこない。

 だが――リメンバは歓喜に満ちた表情でそれを聞いていた。


「『顔色うかがってばっかの人間はつまらない』って言われたけど、つまるとかつまらないじゃないんだよ!! じゃあなんだよ、面白ければ他人に何やったっていいのか!? 誰かを拷問して『楽しいから』で赦されるって事か!? それで拷問されたくないって言ったら『つまらない』って!? ふざけんな!!!

 僕は傷つきたくないんだよ! それに相手にだってこんな思いしてほしくないっ、だからゆっくり……慎重に距離を詰めていくべきなのに……それをあいつらは全部ぶち壊してきやがるんだ! しかもそれで謝るならまだいいっ、でも『つまらねーやつ』『ま、俺の人生にはいらねーな。じゃーな』だって……!? ふっ……ざけんな……! せめてそこは申し訳ないって気持ちが少しでも湧けよ……! なんでこっちばっか一方的に傷つかなきゃいけないんだ……! ざけんなっ、ざけんなっ……! ふざけんなよ……!! 人間のクズっ……! クズ野郎どもがっ……!! ああくそっ、クソッ! クソッ!!! ああああっ!!!」


 男は斧を地面に叩きつける――先端が地面に突き刺さった。


「僕はっ……! 奴らを赦せないっ……!」


 ――赤い剣で切られた男の胸元が赤く輝く。

 輝きは増してゆき、眩いほどに光る――

 やがて輝きが止むと、そこには赤い宝石が浮かんでいた。


「これ……は……?」

「"心査"は合格だ」


 リメンバは宙に浮かぶ赤い宝石を手に取った。


「お前は認められた。手にする事が出来るのは願いを叶えるための力」

「願い……?」


 リメンバは赤い宝石を男に差し出した。


「苦しみ嘆く屈辱はあるか。怒りに沸き立つ激情はあるか――それがあるところに我らは味方する」

「君達は、一体……?」


 男の問いに、少女は答える。


「私は心問官リメンバ。心の叫びを聞き届ける者」


 メモリアがふわりと、彼女の傍を飛んだ。


「……相手を気にする必要はない。奴らも自らの幸せのためにお前に遠慮などしなかったのだから。望め、願いを――抱け、感情を。さあ、お前は何を望む」


 男は手にした宝石を両手で強く握りしめた。


「……願い……それなら、僕は……僕は……!」


 リメンバは満足そうに微笑んだ。


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