2-6 『寝れない夜』


「くそっ……! くそっ……!」


 夜中――月明かりの下で男が鉄斧を振っていた。

 斧が丸太に叩きつけられる度に木の破片が飛び、その分丸太がえぐれ、白い部分がき出しになる。

 茶色いはずの丸太の傷は一ヵ所だけではなく、半分ほどが白っぽく抉れていた。


「くそっ……! あいつら、あいつらっ……! くっそおおぉぉ……!! あああぁぁぁ!!!」


 何度も何度も斧が突き立つ。木の欠片が飛ぶ。もう休憩を挟みながらとはいえもう何時間経っただろうか。

 その時――


「精が出るな」

「――っ!」


 ――男は斧を手放して振り返った。

 話しかけた少女、リメンバと目が合う。


「あ、あぁ……ごめんね、うるさくて……起こしちゃったかい?」

「起きていた。何をしていた?」

「っ……それは……」


 男は不安そうな顔でうつむいた。"言ったら嫌われる"とでも思っていそうな。


「安心しろ、何でも話すがいい。何を話そうがお前への感情が変わる事はない」

「……で、でも……」

「斧で切りかかっていただろう。それは薪木を作るためか? いや、違うな。先ほどの行動は何かの怨嗟を込めたものだった。その怨嗟――興味がある」

「……」


 男はそれでも言えず、押し黙ってしまう。


「そうやって抑え込んでしまうのか? その怒りを、抱く感情を。それではお前は自らを殺し続けて生きているようなものだ。感情を伴わない生に価値などない。やがて無理に抑え込んだ感情はその理由だけを見失い、わだかまった苛立ちだけが残り、お前を死ぬまで不幸にする。ああ、それでもいいならいいのだろう。お前の人生だ。お前の心だ。だが――」


 リメンバは続けて言い放つ。


「たった一度しかない人生で――お前は何のために生きている」


 その言葉に男はハッとし、ぎゅう、と両手を握りしめた。

 それを見たリメンバは笑みを浮かべる。


「なんの……ために……」


 リメンバは腰の剣鞘から出る赤い方の輪っかに手を掛ける。

 そこから取り出されたるは――赤い剣。


「村を出たのはなぜだ。一人でいようと決めたのはなぜだ。その時その時に感情があったはずだ。お前にしか抱けない、唯一無二の感情が。思い出すだけで眠れなくなるほどに感情がくすぶっているのだろう?

「……それは……」

「――鮮明に思い出せぬなら思い出させてやる」


 リメンバは赤剣を正面に据え、祈るように目を瞑る。


想い出せ、お前自身をリメンバー・ユー


 同時に――赤剣が男の胸を貫く。

 それはあまりに一瞬で、男は何をされたのか気付かない。

 だが、男の胸元には切られた痕があった。血は出ておらず、痛みも感じていないようだった。


「僕、は……」

「吐き出してみせろ、お前の感情を。過去の自分自身を」

「う……あ、ぁ……!」


 男は苦しそうに頭を抱え、歯を食いしばる。

 過去の記憶の奔流が男の脳裏を駆け巡る――


「さあ――"心査"を始めよう」

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