2-5 『感情』


 夜――


 男の住む小屋の寝室、月明かりと小さなランプの灯りだけが頼りの埃っぽい部屋。

 ベッドの上でリメンバは仰向けに寝転がっていた。

 普段の恰好のまま、腰から剣鞘も外す事なく。


「……あの人、かわいそうだね」

「なにがだ?」

「だって、村の皆のためにがんばってたのに……」


 メモリアは寂しそうに言う。光り方もどことなく元気がなかった。


「村の連中は意図的にやった面もあるのだろうな」

「……どういうこと?」


 リメンバは勢いよく半身を起こし、メモリアの方を向いた。


「あの連中は意図的に相手を怒らせて、その人物の真意を測る事で互いの事を深く知り、より親密な関係になれると考えている」

「うん」

「連中はあの男の事を気を遣いすぎる奴だと思ったのだろう。だからもっと距離を詰めるべくそのような行動をとった。そうする事であの男がもっと心を開いてくれると思ったから。……まあ、その時にはすでに嫌われていた可能性もあるがな」

「……ん」


 メモリアは悲しそうに押し黙る。


「とにかく、それによって追い詰められたあの男はあの村を離れた……そしてそれをあの村の連中は何とも思っていないだろうな。『我々の人生には関係ない』と切り捨てている事だろう」「……やっぱり、かわいそう」

「……まあ、姉さんがどう感じるかは自由だが……」


 リメンバはベッドから降り、立ち上がった。


「それに、あの男も自らの心を正確には理解していまい」

「そうなの?」

「ああ、本当に他人と距離が近いのが嫌なら、会ったばかりの私達を泊める事などしない。……たとえ欲しい言葉を言ってくれた相手だとしても」

「……じゃあ、なんで?」


 リメンバは窓辺に立ち、外を見ながら話し出す。


「さあ……なぜだろうな。人の感情は単純なものではない。いくつもの感情が重なっている。理由を訊いたとて、常に整理された言い分が聞けるわけではない。隠しておきたい事情を話さない事もあるだろう。本人さえも自覚できない理由が重要だという事さえある」

「……むずかしいんだね」


 リメンバは頷いた。


「そうだ、心は難しい。本人でさえも理解できないほどに深淵だ。

 だが――それでいい。完全な理解を示す必要はない。元よりそれは不可能と言えるほどに困難だ。重要なのは――心の叫びがあるのかどうか。その想いが"心査の領域"に辿り着けるかどうか」


 振り返り、腰に付いた赤い方の輪っかに手をやりながら言う。


「さて、あの男はどうだろうな」

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