2-4 『善意と美徳』
数刻後――まだ日は落ちておらず、昼だった。
あれから二人は村を離れて
とある人を――いるかどうかも分からない人を探して。
散々歩いたはずだが、リメンバに疲労はなさそうに見えた。
「小屋か」
「……小屋だね」
目の前の小屋は簡素な木造で、ところどころ石造り。洒落っ気は見当たらない。
そのこじんまりとした感じの外観から男の一人暮らしであろうと推測が立った。
「庭に誰かいるな」
庭に気配を感じたリメンバは勝手知ったようにずかずかと敷地内に入り、家の角を曲がると、その時――
「うわぁっ!」
人とぶつかりそうになった。
すんでのところで当たらなかったが、その人は尻もちをついて転んだ。
「え……え!? えっと、だ、誰ですか!?」
メガネをかけた男性だった。
背はリメンバより少し高いくらいではあったが、そのあたふたとする様子を見るにあまり頼りにならなさそうな印象だった。
「私はリメンバ」
「メモリア……です」
「そ、そうですか……はぁ……」
一拍置いて――男の目が光る珠に釘付けになる。
「え……? 今、これが喋ったんですか……?」
「メモリア」
「あ……はい、メモリアさん……」
「うん」
間の抜けた会話をリメンバは薄目で見ていた。
男がメモリアの事をとりあえず受け入れて困惑から脱すると、次は疑問の消化に入った。
「え、えっと……何のご用ですか?」
薄ら笑いを浮かべて言う男の問いに――リメンバは口角を上げて満足そうに微笑んだ。
そして、少しばかり演技っぽく両手を出す。
「ああ、道に迷ってしまってな」
「えっ?」
「このまま日が暮れてしまうと困る……近くに良い村はないか?」
「……」
メモリアは『夜中でも狩りとかしてるのに……』と思ったが、リメンバに考えがある事を察して黙った。
男は気まずそうに口を開く。
「……村は、知っています」
「ほう」
男はあまり気が進まなさそうに言った。
続けて苦虫を嚙み潰したような顔をして、
「……でも、良い村じゃない。……と思います」
「それは、なぜだ?」
「それは……」
リメンバの問いに男は黙った。
その反応を見て、リメンバは"当たり"を引いたような表情を浮かべた。
「……僕は、その村の出身なんです」
「ほう」
「でも、小さい頃からずっと村の皆と合わなくて……」
「村から出て、ここで暮らしている、と?」
リメンバの問いに男は頷いた。
「何があった?」
「……そう、ですね……お話した方が、リメンバさんのためになりますもんね……」
「ああそうだ。私のために話せ」
男は少し悩み、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……僕があの村を出た理由は――」
♢
「僕は……あまり人と距離が近いのが好きじゃないんです」
「あの村の人はみんな"人との距離を詰める事を良しとする人達"でした……だから、ちょっと苦手でした。
嫌いってわけじゃないし、距離を詰めてくれようとするその事自体は感謝しています。仲良くなろうとしてくれてるわけですからね。……でも、僕からは距離を詰められませんでした」
「感謝もしていますし、僕も距離を詰められない事を罪悪感に思って、村のためになる事をがんばったつもりです。畑を耕したり、壊れた柵を直したり……自分で言うのもアレですけど、村の運営費の寄付だって一番入れていたんです」
「……えらいね。よしよし」
「……ありがとうございます、メモリアさん」
メモリアの言葉に男はとても嬉しそうに温かい微笑みを見せた。
初めて自分を認めてくれた、とでも言うように。
「……でも、そんなある日の事です。
みんなは僕の前に現れて、こう言ってきました」
"
「寄付とか畑の手伝いとか別に頼んでないしなー」
「うんうん。ちゃんと私達と話し合って、それでこっちの求めてる事を理解して、求めてる事をやってくれないと別にありがたくないんだよね」
「そういう"やってやった"って感じを出されるとこっちも気遣っちゃうんだよ。わかんねーかなぁ」
「そうそう、本当に気を遣える奴ってのはこっちにそういう気持ちにさせないもんだよ」
「本当にそれなー」
「ねー」
「「「あははははははは!!!!」」」
"
「……その言い分に納得が出来なくて、僕はそれであの村を出て来た」
「むう……ひどい」
メモリアは頬を膨らませる(?)と、男はまた嬉しそうに微笑んだ。
「……それから僕は村を出て……なんだか人付き合いが嫌になって、ここでなるべく誰とも関わらないようにして暮らしてるんです」
男は歯をギリ、と鳴らした。
「……自分なりにがんばっても……がんばったのに……あんなことを言われるくらいなら誰とも会いたくない」
無意識に出た恨み辛みの言葉。
それを二人に見られている事にハッと気づいた男は取り繕うように振る舞う。
「あっ……えっと……はは、ごめんね。男のくせにこんなみみっちい事言って……」
「男も女も関係ない。そんなもので決まる価値観は時代の変化で変わる」
「え……」
「重要なのは心だ。そこに性別による特性こそあれど優劣などない。お前が苦しいと感じたのなら苦しいと言えばいい。誰に遠慮する必要がある」
男は驚き、嬉しそうに笑った。
「……あはは、そんな風に言ってもらえたのは初めてだ」
男は村での扱いを思い出しながら、少し泣きそうになりながら言った。
「あの……良かったら泊まっていってください。お客さん用のベッドはないですけど……僕はちょっと……夜にやる事があるので。ベッドは僕のを使ってくれれば」
「ほう、なぜ急に」
リメンバは男の表情、身体から目を離さずに問う。
「……あなた達のような優しい人に、あの村に行ってほしくない……それに、今晩僕は……寝れそうにないですから」
「……」
男は平然を装おうとはしていたが、悔しそうな表情でわなわなと腕と拳を震わせていた。
リメンバは『ふむ』と一時間を置いて答える。
「そうか――では、甘えさせてもらおう」
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