2-3 『悪意と悪徳』
「フン、口だけか」
「うぅ……」
リメンバは
飲み比べた他の客は全員がテーブルに突っ伏していた。
「その程度でケンカを売るとは……今後は自分を知る事だな」
リメンバは残った酒を口に運び、喉に流し込む。
そうして
「ふ……ふふふふ」
「くっくくくく……」
酔い潰れた客達がテーブルに顔を伏せたまま肩を震わせて笑い始めた。リメンバはその様子を注視する。
そして数瞬後――
「あははははは! いやー良い飲みっぷりだね―!」
「ホントねー! 見た目は女の子なのにすごいわー。どこかお酒に強い土地の生まれなのかしら?」
「やるじゃないかお嬢ちゃん! ははは、俺の娘くらいの年齢なのにな!」
笑い声で店内が満たされる。
それも、作り笑いなどではなく本心からの心地良い笑い声だった。
「すごいねえ君は! あえてケンカを売って良かったよ! おかげで君の意外な一面を知れた!」
「あえて?」
リメンバは先ほどから客達の意図や感情がいまいち分からず、さらに湧いた疑問を口にする。
その問いに、客の一人の青年がリメンバの斜め向かいの椅子に座った。
「君はさ、誰かと仲良くなるために一番良い方法ってなんだか知ってるか?」
「……さあな」
「それはな、"最初に怒らせる事"なんだよ」
「……理由を聞こうか」
話している男とは別の、お姉さんが対面に座った。
周囲の客も次々と席の周りに集まってくる。
「人ってさ、最初はお互いを知らないから丁寧に敬語とか使ってゆっくりお互いを知って、それから距離を詰めていくのが常識ってされてるけど……そんなの、
「そうそう。そこでだな、ケンカをするのが一番手っ取り早いんだ。ケンカをすれば相手の深いところが見える……相手の顔色うかがって遠慮してちゃいつまでも仲良くなれないだろ? どうせさ、仲良くなるためにはどっかでケンカは必要なんだ。相手の深いところを知らなきゃ良い仲とは言えないからな」
「そうよね。だからさっさとケンカして、相手の嫌な事とか嫌な部分を先に知ったほうがいいってわけ。
話していない人もうんうんと頷いている。
ここにいる全員は同じ考えのようだ。
「ほら、お嬢ちゃんを怒らせたおかげで、お嬢ちゃんが一人で飲みたいって事が分かっただろう? そうやって意見をぶつけ合ったから今、こうやって仲良く話せてるわけじゃないか!」
「本当ね。あの時お嬢ちゃんの言う事を聞いて距離を置いちゃったら、こうやって仲良く話せてないもの。もし仲良くなれたとしても、それはもっとずっと先の話になっちゃうわ」
「そうそう。だからさ、会う人会う人にどんどんあえて失礼な事を言っていくべきなんだよ!」
「ホントよね!」
「……」
リメンバは特に何も答えず、反応を見ていた。
「気を遣い合わないで、お互い本音で語り合えるのが良い距離感だよねー」
「アタシらは……いえ、この村に住んでる全員、そうやって仲を育んできたんだよ。今ちょうど100人だっけね? アタシらは仲が良いからその百人全員を覚えてるし、全員が家族みたいなもんなんだ」
「この村の運営とか仕事もそうやって回ってる。皆がやりたい仕事、やりたくない仕事を正直に言えばちょうど良い落としどころが見つかる。ほら、変に気遣ったせいで全員がやりたくない仕事をしちゃう、みたいな話あるだろ? 俺達にはそういう事はないんだ。毎日、最高に楽しいよ」
「そうやって今日仕事がない奴らがここに集まってるってわけ。ま、明日は私達が仕事だけどねー」
「ま、誰かさんは休み過ぎだけどな」
「あー、それ俺の事かー? こいつー!」
「「「あははははは!!」」」
笑い合い、どつき合う。本当に楽しそうだった。
「フン……なるほどな」
リメンバは残っていた酒を飲みながら聞いていたが、ちょうど空になったようだった。全く酔っている様子はなかった。
ジョッキを置き、頬杖を突く。
「……それで、あえて失礼な事を言ってケンカを吹っ掛けて……仲良くなれなかった人間とはどう付き合うんだ」
リメンバの言葉に、客は全員キョトンとした表情になった。
「あはははは! おかしなこと言うね、君は」
「それで仲良くなれずに離れるような奴なんか自分の人生に必要ないだろ? 俺は今の俺を受け入れてくれる奴だけと付き合いたいね。皆もそう思うだろ?」
「そうそう。自分の人生に要らないんだからどうなったっていいだろ? そんな奴」
「とりあえずちょっと傷つけてみて、駄目そうだったら『はいさよならー!』っていうのが賢い生き方だよ」
「……」
頬杖を突いたまま無表情のリメンバ。
メモリアはどこか居心地悪そうにリメンバの懐に隠れていた。
「……でもほら、前にいなかった? そんな奴」
「あー……そんな奴もいたなあ」
「あいつー? ああ、ぜーんぜん仲良くしてくれなかったよねー」
「ああ、あいつかぁ……」
全員が不満そうな顔をして誰かを思い出していた。
「あいつとはなんだ?」
「ああ……以前いけ好かない奴がいてねぇ……村の皆で協力しようって言ってるのに全然協力しやがらないで……」
「ああ、あの薄ら笑いの男か……」
その言葉に釣られて他の客達も一斉に話し始めた。
「相手と向き合ってなかったよね、こっちが仲良くしようってしてるんだから、それを分かってくれないと」
「そうそう、なんだかずっと距離を置いてたけどさ、つまらない奴だったよ。相手の気持ちに寄り添ってくれないとねえ。煽ってるのに全然ケンカしてくれねえし」
「傷つきたくないとか、傷つけたくないとか……なんか言ってたけど、そんなこと言ってるような奴に親友が出来るとは思えないね。そんな奴の人生、つまらないよ」
「うんうん、つまらないつまらない」
客達は同調し合い、思い出の中の悪人を袋叩きにする。
――この建物の中の全員が同じ考えをして、同じ事を言っている。
その状況を見て、リメンバは――
「……つまらない、か」
そう呟くと、ガタン、と注目を浴びるように立った。
「あら、どうかした?」
「つまらん。帰る」
「え――」
客が一同凍り付いている中、リメンバはカウンターに金を置き、さっさと立ち去った。
「邪魔したな」
♢
外――
リメンバは酒場から出たのにまだ昼である事に少し違和感を感じながらすたすたと村の入り口に歩いて行く。
「……嫌だった?」
メモリアは不安そうにリメンバの顔を覗き込む。
「ああ、不愉快だった。"心査"のしがいがありそうな奴がいなかったからな」
「ん……そっか」
リメンバが気にする事もないという風に言うと、メモリアは安心したようにふわふわと飛んだ。
「だがまあ――収穫はあったか」
リメンバは不敵にほほ笑んだ。
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