1-8 『異形』


 夜――とある村。


 今日は祭の日だった。

 今まで仲の悪かった村同士が初めて合同で開く祭だった。

 それゆえに規模は大きく、人は多かった。


「やあ、これはこれは長老」

「どうも。ようこそ、ヘスリヒ村へ」


 握手をしている二人の老人はどうやら村長のようだった。


「おかげであの森の開拓が進んで助かります。ですが……聞きましたか。あの森の奥に醜い化け物がいるんだとか」

「ああ、酷く醜い化け物のようですじゃの。そんなものがいては今後の我々のためにならない……明日には討伐隊が向かう手はずとなっているようですじゃ」

「おお、それは助かりますな。そんな醜い化け物は我々のために死んでもらわなくては」

「その通りですじゃ。ああ、気味が悪い気味が悪い……」



   ♢



 少し離れた場所――熱い抱擁を交わす男と女がいた。


「やあアグリ! 元気にしてたかい!」

「ええ! 久しぶりね、あなたこそ元気にしてた?」

「ああ! そうだ、聞いておくれよ! 君に渡したい物があるんだ!」


 男は懐から小さな箱を取り出した。


「君のために町まで行って指輪を買って来たんだ! 真面目に働いた給料の三ヵ月分だよ、どうか受け取ってほしい!」

「まあ、ありがとう! 嬉しい! 私が森の化け物みたいに醜くなくて良かったわ!」

「あれ、君はもしかしてアレを見たの!? とんでもなく醜かったよね!」

「いいえ、見てはないんだけどね。でもそんな気持ち悪いのなんて見たくないわ! 消えちゃえばいいのよ! 私だったら死にたくなるわ! って、もう死んでるんだっけ、あははは」

「どうだっていいよ、そんな醜い化け物の話。ああ、そんな死んだ方がいい化け物とは違って君が美しくて僕は幸せだ!」

「ええ、私もよ!」


 村人達は盛り上がり、楽しんだ。

 やがて祭も終わりに近づき、後に残すは祭の終儀。焚べた薪を燃やして周囲を民で回って踊るもの。


「今日のお祭りをキッカケにいつまでも親交が続くと良いですね」

「ええ、ぜひとも。人は理解し合い、協力すべきですから」

「まこと、その通りですね」


 村長達によって火が点けられた。

 ごうごうと燃える炎、登る煙。

 神秘的な炎を前に、皆、思い思いの人と番になって踊っていた。


 ――その時だった。


「……? お前、どうシタ?」

「え……あなタこそ、ドウシタのヨ? ソのカラダ」


 ろれつが回らなくなっていた。

 口が変形していたからだった。大きく裂け、そこからボタボタと緑色の球が落ちていた。


「ゲェッ、気持ち悪ウ……」

「な、ナニよ、アンタそレ……」


 皆が皆、変わってゆく。

 異形の姿になってゆく――彼らの言う醜い姿に。


「ば……化け物メ……!」

「クソッ、気持チ悪ぃンダよ!!! コッち来ンな!」

「醜イ化けもノメ! 俺ガ全いン殺シてヤる!」

「ナニか喋っテルみタイだガ……気持ちワルい化け物ト会話なンテでキるはずガナい、コロしテ……殺シテ殺しシシシシシしててていしいまああああエエエエ」


 人々は異形の体躯に変わってゆく。

 薬指にはめてあったはずの指輪がキン、と石畳に落ちた。


「いあやあああアアア!!! 死ンデ死ンデ死ンデ死ンデエエエ!!!!」

「あああああああアアア!!!! 来ルナ来ルナ来ルナ来ルナ!!!!」


 人はみな異形となり、異形はみな死体へと変わっていった。



   ♢



 そんな様子を少し離れた丘から眺める少女がいた。近くには光る珠が飛んでいた。


「……こうならなくて済む未来はなかったのかな」

「さあな。あったかもしれないし、なかったかもしれない。だが――」


 リメンバは焚火に近付く誰かを指差した。


「見ろ」


 多くの異形の死体の中で立ち尽くす異形がいた。

 異形は――彼女は、初めて見る表情をしていた。


「心底――幸せそうじゃないか」


 そこにあったのは、笑顔だった。

 自分に酔ったものではない。可笑しさからくるものでもない。

 夢の欠片を掴めたような、そんな笑みだった。



   ♢



 やがて――


 祭は先ほどまでを見せていたが、今では動くものがほとんどなく、焚火の音以外には音もしなくなっていた。


 リメンバ達のいる丘にゆっくりと彼女が歩いて来る。


「……『その身を投げ打ってでも』と言われたから、代償に死んでしまうのかと思いました」

「……代償はすでに払われている」

「え……?」


 リメンバは自らの胸に拳を当て、彼女の目を見た。


「お前がこれまで苦しんできた苦しみ、嘆き……その心の痛みが力の代償だ」

「……そういう事ですか」


 彼女は胸に手を当てながら納得すると、二人の方を見て頭を下げた。


「ありがとうございました。お二人の事は決して忘れません」

「――違うな」


 リメンバは即座に否定する。そして、


「忘れるな。私達の事だけではなく……想い出せるすべての事を。お前の生きてきたあかしを」

「……そう、ですね」


 彼女は少し悲し気に、胸を締め付けられたような表情をしながら言った。

 そして再度頭を下げると、振り返って歩いて行く。

 どこに行くのだろう――それは本人にも分からなかった。




 彼女の姿が見えなくなると、リメンバは独り言のように語り始めた。


「抑圧し、心の声をあげずに生きてゆく……それは死んでいるのと同じだ」

「うん」

「あの者は生き返る事が出来た。幸せになれた。生きる事が出来た」

「……うん」


 メモリアは少し悲しそうに返事をする。――これが最善だったのだろうかと。


「善悪や正義など関係ない。そこに強い感情があるか、何を差し置いてでも為したい想いがあるか……それだけだ。それによってどれだけ世界に滅びを齎すとしても……私達は"心査"を通過した者に力を与えるだけ」


 赤い剣を取り出す。

 そして――剣を眼前に据えて何かを思い出すように目を瞑った。


「それが……私達の使命だ」

「……うん、そうだったね」

「ああ、そうだ」


 リメンバは剣を鞘にしまった。

 村の滅びと、願いの成就を見届けた少女はゆっくりと振り返る。


「行こう、リメンバ」

「ああ、姉さん」


 夜空には美しい月が輝いていた。

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