1-6 『"心査"』
「……私が生まれたのは……この大陸ではないどこかの小さな村でした」
女性は少しずつ話し始めた。
「村には二十人程度の"人間"が住んでいたのですが、そこで私は生まれたそうです。
母はほとんど人間でした。服で隠せる部分だけ肌の色が違っているくらいで。でも……私は物心ついた時から
「ほう、何が原因なのだろうな」
「……どうでしょうか。父が私以上の異形だったのか、それともどこかで拾われただけなのか……母には聞けずじまいです。でも、母は過ぎた異形の姿である私を、人が子にするように変わらず愛してくれました。私は誰とも会わないように縫い物などの手伝いをして……母に頼って生きてきました」
彼女は少しだけ柔らかい表情をしていたが、寂しそうな表情を浮かべた。
「しかし……私が十になる前、母が亡くなりました。
私は一人では生きていけず、食べ物がなくなった時に村人達に姿を現す事にしました。母が私にしてくれたように、村人達が愛してくれると期待したんです。
ですが……他の村人達は私を見るや……『異形めが』『気持ち悪い、出ていけ』『いつ寝首を掻かれるか分かったものじゃない』と……私は村から追い出され、各地を転々としました」
「……」
「もちろん、人の住む場所では受け入れられませんでしたから人気のない場所を辿って来ました。山奥や地下、無人島……でも長くは続きません。資源を取りに来た人間達に見つかるとまた次の場所へ行き……その度に怯えられ、罵倒の言葉を浴びせられながら……もう何年経ったでしょうか……」
彼女は視線を宙に浮かべて追憶する。
諦めたような、悲しげな表情だった。
「……それで今に至ります。この森は開拓が進まず長い事誰も来なかったのですが……最近になって色んな人を見かけます……見られて……ものすごく怖がられて……気味悪がられて……」
か細く、途切れ途切れの声。
「……また、どこかへ行かなくちゃ……いけないのかな……それでまた……嫌われて……気味悪がられて……こんなの……嫌……もう……嫌……」
彼女の目尻に涙が溜まり、流れる。
「……かわいそう」
メモリアは彼女に近付いて言った。
「――それで?」
「……え……?」
「今聞いたのは"今まで"の話だ。まだ"これから"の話を聞いていない。村から追いやられ、迫害され続け……お前はそれで満足なのか?」
リメンバは気遣う様子もなく言い放つ。
「……仕方がありません。見ての通り私は醜い姿をしています……私のような見た目の者は居てはいけないんです。……そうです、私は……存在してはいけなかったんです……」
「……」
「……今はこうして殺される事もなく生きています。……こんな姿の私でも生きていられるこの運命に感謝しなくてはいけませんね。……きっと、母もこうして平穏に生きる事を願っているはずです」
笑みを浮かべる女性。
だが、その作ったような笑みを見てリメンバは不愉快そうな表情を浮かべた。
「すでに死んだ母の話などしていない」
「えっ……」
「お前はそれでいいのか? それとも母の願いに沿って生きる事がお前の至上の幸福とでも言うのか? それに平穏と言ったか、こんな場所で下を向いて生きる事のどこが平穏だ」
「……いいと言っているでしょう! 殺されずに生きていられるだけ幸せです……! 幸せなんですっ……!」
リメンバの物言いに女性が激しく声を荒げた。
「本当に今が幸せだと……そう思っているのならつまらぬ人間だ。悪人にも劣る生きている価値のない愚者。息を吸って吐いているだけの心が備わっていない者は人間と呼ぶのすらおこがましい。悲劇をただ受け入れるだけならばそこらに生えた植物にさえできる」
「何を……!」
リメンバの言葉に女性は憤慨する。
「あなたがっ……! まともな見た目をしているあなたがっ……! 会ったばかりのあなたが私の何を理解できるんですか……!?」
「理解されたくて話したのではないのか」
「っ……!」
「だが、あの程度の言葉で理解されると思っているのならおこがましい話だ」
「う……ぅ……」
女性は歯を食いしばる――だがその力が少しずつ、少しずつ抜けていた。
リメンバは落胆した表情を浮かべる。
「フン……醜い異形として壮絶な生を送って来たかと思えば……その程度の感情しか持ち合わせていないとはな。ああ、期待外れだ。"シンサ"をするにも至らない」
リメンバは左腰の剣鞘から大きな黒剣を取り出した。
「ならいっそ――殺しておくか」
「っ――!」
リメンバが剣を向けると、女性は異常におびえ、恐怖した。
そして――
「……う……あああぁぁぁぁぁぁ!!!」
――声を上げ激高する。
身体中に生えたいくつもの触手が意思を持ったようにリメンバに襲い掛かった。
だが、リメンバは一切動じる様子もなくそれら全てを容易に避けると、本体である女性の身体を片手で地面に押し倒した。
「うあっ……!」
「フン」
体液が飛び散ってリメンバのドレスや顔にかかる。
「く……うぅ……」
リメンバは瞬き一つせず、苦悶の表情をする真下の女性を睨んだ。
「……今まで生きて来て、蔑まれ、迫害されて……その時の感情はどうだった。それらをされた時、その瞬間の感情はどうだった」
「……っ」
女性は唇を噛んだ。
「かつて抱いた想いがあるはずだ。苦しかった……悔しかった……悲しかった……本当に忘れてしまったのか、無理矢理抑え込んでいるのか。
かつての感情とは"過去のお前自身"だ。それを忘れるという事は――お前自身を殺してしまう事に他ならない」
「……っ」
「無理矢理抑え込んでいるというのなら……それも同じ、自分自身の息を止め続けているにすぎない。自殺と何が変わらないのか。
なぜ他者のために自分を殺す必要がある。なぜ感情を抑えなくてはならない。
生きろ、息を吹き返せ――お前は何のために生きている」
「なんの……ため……?」
女性は驚いたような反応を見せる。
そんな発想など今までなかったかのように。
「人の幸せとは"真に望んだ事を為す事"だ。それだけが人を幸せにする。感情を抑えつけ、理性で導き出した道に幸せはない。理性も倫理も全てを捨てろ……その上で、お前は何を望んでいる?」
「……私の、望み……」
すう、とリメンバはもう片方の剣鞘から出ている赤い輪っかに左手を掛けた。
取り出されたのは――赤い剣。
「――人の心は変えられない。
だが、かつて抱いた想いを呼び覚ます事は出来る」
リメンバは赤剣を正面に据え、祈るように目を瞑った。
「
そう言うと同時に――リメンバは彼女の胸を貫き刺した。
それは一瞬の出来事で彼女自身も気付いていない。幻かのような一時。
だが、彼女の胸元には確かに切られた跡があった。
「わたし、は……」
わずかに輝く赤い傷。傷をつけた剣と同じ色。
しかしそこから血は出ておらず、痛みも感じていないようだった。
「私の……私の望みは……!」
――彼女は頭を抱えた。
かつての記憶が鮮明に
「話してみせろ。お前の想い、お前の心を。かつてのお前自身を」
身体を震えさせる彼女を見てリメンバはどこか満足そうに口を大きく開いた。
「さあ、"心査"の時間だ」
刻は夕方になっていた。
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