1-5 『森の○○』
「――何かいるな」
リメンバは足を止めて言った。
二人が森に入ってから二時間ほどが経っていた。
「……何かって……クマさん? ハチさん?」
「いや……何かもっと得体の知れない、感じた事のないモノの気配だ」
リメンバは気配で様子を伺う。
それを見たメモリアは『怖いのかな』と思い、ふわりと飛んで、
「……私が見てこようか?」
「いや、いい。何が居ようと些細な違いだ」
リメンバは臆する事なく堂々と歩き始めた。
ガサガサと草を掻き分けて、その気配のある場所へと辿り着く。
♢
少し開けた場所――
葉っぱの天井はなく陽の光が届いていた。
上空からここを見たなら、緑の
中心には池があった。沼とも言えるかもしれない
そして――そこには先客がいた。
「……」
水浴び――沼の真ん中で泥を塗っているようにも見えるが――をしている女性がいた。
いや、女性と言っていいのだろうか。確かに人型ではあるのだが。
紫色の肌、顔には目が四つ、身体中のところどころから生え、うねうねと動く紫色の触手。
頭からも触手が生えていて、遠くから見たら紫髪の人間に見えるかもしれない。
だが、その容姿は人間とはかけ離れていた。
「知らない種族だな」
「――誰っ!?」
リメンバの声に泥浴びをしていた女性は驚いて振り返る。
その時、触手の一つから勢いよく紫色の液体が飛び出し――リメンバの頬に付いた。
「あ」
「あ……」
「…………」
一時の沈黙。
どろりとした紫色の液体をリメンバは指で掬い取る――そして口に運び、ぺろりと舐めた。
「えっ……!?」
女性は驚きの声をあげた。
「どう? おいしい?」
「……フン、味はしないな」
興味津々のメモリアと味わって飲み込んだリメンバ。女性は驚きの連続で混乱が加速する。
「え……ええええっ……!? な……なんで食べて……!?」
「この森の食べ物は全部美味かったからな、お前もどうかと思っただけだ。期待外れだったがな」
「……次はもっとがんばりましょう」
「え……あ、はい……がんばります……?」
女性は混乱しながらも答える。
少しずつ状況を把握していくと、だんだんと疑問が湧き上がってきた。
「……? って、この光の球……喋ってる……?」
「ただの喋る球だ。気にするな」
「よろしくね」
メモリアはチカチカと光った。
「よ、よろしくおねがいします……」
「私はリメンバ。旅をしている」
「メモリアだよー」
「あ……はい、私は――」
女性は名乗った。
そしてそのまま何かをしようとしない二人に対して、おずおずとした態度で話しかける。
「……あの」
「なんだ」
「……逃げ……ないん、ですか?」
リメンバとメモリアは首を傾げた。ように見えた。
「なぜ逃げる必要がある」
「……だって、私の見た目……こんななのに……」
女性は自らの身体に触れながら言う。
自分の身体に自信のない思春期の女の子のような仕草だった。
「見た目などどうでもいい。私はそれに興味はない。……姿を自由に変えられる魔女もいた。簡単に変わるような物に私は価値を見出さない」
「ん……元気にしてるかな」
メモリアは空を見上げた――気がした。
そこには偶然にも綺麗な虹がかかっていた。『おー』とメモリアは呟いた。
「……姿を自由にですか。……いいな、私もそんな力があったら……」
「ずいぶんと見た目に自信がないのだな」
「……当然です。だってこんな……化け物の、姿で……」
さらに落ち込む女性に、リメンバは鼻を鳴らす。
「フン、珍しくもないがな。竜人、蛇人、怪人、変人……お前のような見た目の者などいくらでもいたぞ」
「……カイジンとヘンジンは違うと思う」
二人のやり取りを見るにつれて彼女の警戒心は減ってきていた。だんだんと疑問が湧いてくる。
「……あの、そもそもお二人はなんでここに来たんですか? こんな森の奥地まで……」
「お前を見に来た。ウワサだったからな」
「ウワサ……ですか」
彼女は視線を落とした。悲しげな顔を浮かべて。
「……もしかして人に雇われて……私を殺しに来たんですか? "醜い化け物がいたら殺してきてくれ"と……」
「殺すはずがないだろう、心がもったいない。単に見に来ただけだ」
「……ならもう用は済んだでしょう? ……見物しに来ただけならもう帰ってください」
見せ物の扱いをされて急に煩わしく感じた女性は不快感を露わにして言った。
「――帰っていいのか?」
「え?」
「何か、話したそうにしているように見えるがな」
「っ――」
図星だったのか彼女は押し黙る。
そこにメモリアがふわり、と近づいた。
「……ね、話してみて。何か……力になれるかもしれないから」
「……」
「どうしてあなたは、こんなところにいるの?」
優しい声のささやき。それは彼女の心にじんと響いた。
普段の彼女なら信用しなかったかもしれない。だが、今日の気分、今までの出来事、対照的な二人の振る舞い――それらが彼女の心の戸を叩いた。
そして――
「……私、生まれは別の場所なんです」
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