1-4 『ぱいなぽー』
「――さて」
目の前には森があった。
リメンバの背の数倍はある木々がどこまでも敷き詰められていて、森というよりは密林という印象だ。
「行くの?」
「ああ、怪異だか亡霊だか知らんが……とにかくそいつを見つけに行く」
「……どっちなんだろうね」
「さあな、ウワサに尾ひれは付くものだ。さて、どのような盛り合わせがされている事やら……」
リメンバは言いながら、考えるような仕草であごに手をやった。
「だが、二人の話に共通している事がある。それは本当かもしれないな」
「……なんだっけ?」
「それは――"醜い"という点だ」
リメンバは口の端を指で引っ張り、メモリアの方を向いた。どうやらリメンバなりに醜い顔を表現したらしい。
「……」
「……」
だが、メモリアには可愛らしい少女が八重歯を見せているようにしか見えなかった。
「ふふ、かわいいね」
「……まあ、見た目などどうでもいいがな」
リメンバは真顔に戻り、視線を目の前の森に向けた。
「用があるのは"心"の方だ。醜かろうがなんだろうが構わん。果たして資格があるのかどうか」
リメンバは右腰に付けた剣鞘にそっと手をやる。
「……ね、美人だと襲われちゃうって言ってたけど……」
「ああ、それが?」
「気をつけないとね。リメンバ、かわいいから」
「……どうでもいい、行くぞ」
♢
十歩も歩かない内に夜になった。
鬱蒼とした背の高い木々は太陽の光を地面まで届かせないからだ。
そのせいで地面は軽くぬかるんでおり、歩く度にリメンバの上品そうな靴はずぶずぶと沈んでいた。
「……不愉快な場所だな」
加えて高い温度と湿度、そして飛び回る大きめの虫達がリメンバを苛立たせる。
「だいじょうぶ?」
「ダメではないが、大丈夫でもないな」
「ふふ、こういう時は身体がない方が有利。私の勝ちだね」
「……」
メモリアの勝ち誇りにリメンバは目を細めた。
そして辺りをしらみ潰すように見渡す――リメンバの視線がとある植物に止まった。
「これは確か……」
トゲトゲとした緑の葉が何枚も刃のように外に広がっている。その中心に葉に負けないほどトゲトゲした茶色の果実が成っていた。
「ぱいなぽー」
「ああ、そんな名前だったな。どれ一つ」
リメンバは『ぱいなぽー』に黒剣を一振りする。
どうやったのか、そのたった一振りで果実の皮は向け、中から鮮やかな黄色の果肉が現れた。
辺りに甘い匂いがふわっと広がる。リメンバは豪快にかぶりついた。
「ほうほうほう……」
「……おいしい?」
「ああ、素晴らしい味だ。瑞々しく、甘く……それでいて爽快感がある。ハハハ、身体があるとこういう時に得だな」
「……むー」
その後もリメンバは美味しそうな果実を見つけては一刀で捌き、口に運び続ける。
「フハハハ、美味い物ばかりだな。まさしく筆舌に尽くし難い美味さだ、そこらの貴族より舌が贅沢になってしまいそうだよ。あまり舌が肥えると普段の食事に困ってしまうな、ハハハ」
「……私、食べられないのになー……」
メモリアは恨めしそうな声を出す。
しかしリメンバはまるで気にせずご機嫌に果物を頬張り続けた。
そして、またも果樹に付いた実を切り落とし、口へ運ぶ――
「……! くはっ……」
リメンバは即座にその場に吐き出した。
「……? どうしたの?」
「……不味い」
「…………ふふふ、やっぱり身体がない方が得だね」
苦虫を噛み潰したような顔をしながら睨むリメンバを見てメモリアが愉快そうにふわふわと飛び回った。
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