第15話 再びの一夜1
金曜日の夜、約束の居酒屋の前で私は落ち着かない様子で立っていた。初夏の風が頬をなでる中、碧羽くんを待つ間、自分の鼓動が聞こえるような気がした。
会社からは離れた駅にあるお店。碧羽くんが予約してくれたこの居酒屋は、会社から離れている上、個室らしい。この前の他の課員に見られたくない、という希望を最大限叶えてくれているようだ。
「お待たせしました、霧島さん」
振り返ると、そこには仕事終わりにも関わらず爽やかな碧羽くんがいた。彼の笑顔に、思わず胸が高鳴る。
「い、いいえ。私も今来たところよ」
嘘をつく自分に苦笑しながら、私たちは店内に入った。
最初は仕事の話で始まった会話も、お酒が進むにつれて次第に個人的な話題へと移っていった。碧羽くんの学生時代の話や、私の新人時代の苦労話。気がつけば、お互いの夢や価値観まで語り合っていた。
「霧島さんって、仕事以外の顔を見せないから、正直ドキドキしてました」
碧羽くんの言葉に、私は思わず赤面した。
「そう……?私だって、碧羽くんの仕事以外の姿は新鮮よ」
言葉を交わすうちに、私たちの距離は自然と縮まっていった。碧羽くんの優しい仕草や巧みな話術に、次第に心を開いていく自分がいた。
「霧島さん、もうちょっと一緒にいませんか?」
碧羽くんの言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。
「どういうこと、かな?」
「ホテル、行きませんか?志穂さんともっと仲を深めたいです」
その言葉に、私の中で葛藤が始まった。理性は断るべきだと叫ぶ。でも、心の奥底では期待している自分がいる。
「……そうね」
結局、私は碧羽くんの誘いに乗ってしまった。でも、この選択を後悔することはないだろう、という気がする。
ホテルまでの道のりは、緊張感に満ちていた。当たり障りないことを話しながらも、お互いに浮ついているようだった。途中のコンビニで飲み物を買うときには、まるで恋人かのようにくっついてしまったのは碧羽くん狙いの子たちには内緒だ。
ホテルに着いて部屋を相談されるが、どれを選んだらいいかわからない。碧羽くんに任せると、彼は少し悩んだあと、階数の高い部屋を選んでいた。エレベーターの中での沈黙は、かえって二人の間の空気を熱くしていく。
部屋に入ると、最初は戸惑いを隠せなかった。前も碧羽くんとホテルに入っているんだけど、酔っ払っていたせいで記憶がない。異性とホテルに入った記憶も、かなり昔で止まっている。そんな私を、碧羽くんは優しくリードしてくれた。
「大丈夫ですか?」
彼の優しい声に、私の緊張はほぐれていった。
「前と同じように、一緒にお風呂入ります?」
「き、今日は、別々でお願いするわ」
悪戯っぽい顔で聞いてくる碧羽くんに、顔が赤くなる気がする。碧羽くんは私を赤くしないと気が済まないんだろうか。そう思いながら、先にシャワーを浴びさせてもらう。
「お待たせ」
「じゃあ、僕もシャワー浴びてきますね」
下着とバスローブを身につけて出ていくと、ソファに座っていた碧羽くんが立ち上がる。チラチラと私のことを見るも、そのままシャワーを浴びに行った。
前回よりも酔っ払っていない。このくらいだと、明日になっても忘れていないだろう。
「私の何がいいんだろう?」
私の呟きは、シャワーを浴びている碧羽くんに届くわけもなく、部屋の中に霧散していった。
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