第13話 想定外の目覚め

 気づいたときにはベッドの上。しかも、自分のベッドじゃないことだけは確か。私は、自分がどこで寝ていたのか、全然わからなかった。隣で眠る碧羽くんの顔を見るまでは。


「な……なん、で……?」


 すやすやという擬音語が見えてきそうなくらい気持ちよさそうに寝ている碧羽くん。少し前に異動してきた、天才エンジニアとの呼び声も高い仕事のできる部下。爽やかさの中に知的な雰囲気を持ち、容姿も淡麗。碧羽くんと年の近い20代の部下たちが、彼に熱い視線を向けるのもわかる。


 そんな碧羽くんと同じベッドに寝ていたことは驚き以外の何者でもない。しかも、上掛けにくるまっているから見てはいないが、服を着ている感覚がない。しかも下腹部に残る違和感。ここ10年以上感じたことのない感覚に、確かめなくてもやることをやったあとなのだとわかる。


 昨日は今までにないくらい嵐のような問い合わせと見積もり対応をくぐり抜け、約束通り、碧羽くんと2人で飲んだ。思った以上にお酒が進んでしまい、仕事のことだけじゃなく、プライベートなこともしゃべったような気がするが、そのあとの記憶がない。


 まさか私が無理矢理碧羽くんに迫ったのだろうか。だとしても、碧羽くんなら適当にあしらってくれそうな気がするのだが、どうなんだろう。もともと技術部門にいた彼が、営業部門の私に逆らえなくてっていうのは考えづらい。これまでの彼とのやりとりを思い出しても、碧羽くんは上司である私にへつらうことはなさそうだ。


「う……ん……」


 口元がもぞもぞとしている彼を見て、急に恥ずかしさが頭をもたげる。私はベッドから飛び出したくなることを堪え、碧羽くんを起こさないよう最新の注意を払ってベッドから抜け出す。


 やはりというかなんというか、全裸だった。上掛けの隙間から見えた碧羽くんの体にも服を着ているようには見えなかった。私はベッド横の床に座り込んで、頭を抱えてしまう。


「嫌な気は、しない。しないけど……」


 碧羽くんとつながったことに、嫌な気はしない。記憶にないけど。若い子たちの熱い視線を受けても、我関せずで仕事に邁進する彼と一線を超えたことを、嫌だとは思わない。全然記憶にないけど。むしろ記憶にないことが残念に思えてくる。


「ぃ……ほぉ……」


 碧羽くんの声に、恐る恐るベッドの上で寝ているはずの彼を見る。どうやら寝言のようだ。だけど、腕がもぞもぞ動いているので、起きるまで時間がないかもしれない。


 私は急いで部屋のあちこちに散乱している下着や服をかき集め、手早く身につけていく。しかし、昔のことをを思い出しても、ここまで脱ぎ散らかしたことはないと思う。酔った私は何をしでかしたのだろうか。でも、碧羽くんが起きるのを待って、昨夜のことを聞くのが怖い。


 私は服を身につけ、カバンを持つと、2万円をテーブルの上に置く。遠い昔の記憶だが、2万円もあればラブホテルで1泊はできたはず。最後にベッドの上で寝ている碧羽くんの寝顔を見て、私は部屋を後にした。


 もしかしたら、セクハラで人事部に訴えられるかもしれない。ここまで積み上げたキャリアが崩壊する恐怖を抱えながら、私は足早に駅を目指す。そうなったらそうなった、だ。記憶にはないけれど、部下と肉体関係を結んでしまった以上、甘んじて受けるしかない。


 ただ、今は碧羽くんと顔を合わせたくない。だって、顔を見て声をかけられたら、恥ずかしすぎて倒れてしまいそうだから。

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