第7話 ジョッキ越しの称賛
居酒屋のドアを開けると、活気に満ちた空間が広がっていた。仕事帰りのサラリーマンたちの笑い声と、料理の香りが絡み合う。私は少し緊張しながら、すでに座っている碧羽くんの元へと向かった。
「お待たせ。ごめんなさいね。約束の時間ギリギリになっちゃって」
碧羽くんは柔らかな笑みを浮かべながら立ち上がり、私の席を引いてくれた。
「いえいえ、霧島さんこそお疲れさまでした。どうぞ座ってください」
私たちは向かい合って座り、メニューを手に取る。しかし、今日の忙しさを思い返すと、まずは一杯が必要だと感じた。
「もう頼んだ?」
「いえ、俺もさっき入ったばっかりなんで。それに霧島さんが来ないのに頼めませんて」
「ふふ、ありがとう。私は生ビールにするけど、碧羽くんは?」
「俺も生ビールにします」
そう言うと、碧羽くんはテーブルの端に置かれていたタブレットを手に取り、注文してくれる。
「つまみも頼みましょう霧島さん食べたいのあります?」
碧羽くんと2人、あれがいいこれがいいと言い合いながら、いくつかのつまみを注文する。2人ともまともにお昼を食べていなかったので、ご飯ものも注文した。
注文を済ませると、私たちはお互いの顔を見つめ合った。そこには疲労の色が見えたが、っそれ以上に達成感に満ちた表情があった。
「今日は本当に大変だったわね」
「ええ、でも無事に乗り越えられてよかったです」
ビールが運ばれてくると、私たちは思わず笑った。
「じゃあ、乾杯でいいかしら?」
「はい、乾杯」
ジョッキを合わせる音が、心地よく響く。
一口飲んだ後、私は碧羽くんに向かって言った。
「今日の忙しさの原因、わかる?」
「うーん……お客様の決算期が近い、とかですか?」
「ううん。あなたが原因よ、碧羽くん」
私は笑いながら言った。
「あなたが技術部と営業部の橋渡しをがんばってくれたおかげで、お客様の期待を超える提案ができるようになったの。その評判を聞いたお客様内の別の部署の方や、子会社の方からの問い合わせや相談が増えたのよ」
碧羽くんは少し照れたような表情を見せたが、すぐに真剣な顔つきになった。
「そういうことなら、霧島さんが原因ですよ。霧島さんが営業二課のみなさんにプレゼン方法をレクチャーしてきたじゃないですか。その結果、お客様の心を掴む課員が増えたんです。心を掴まれたお客様は、もっと話が聞きたいってなりますからね」
私は碧羽くんの言葉に驚きながらも、心の中で温かいものが広がるのを感じた。
「ということは、みんなのおかげってことね」
「ですね。みんなの努力が実を結んだってことで」
碧羽くんはジョッキを持ち上げ、私もそれに倣った。
「霧島さんの営業力と指導力に乾杯」
「碧羽くんの技術力と連携力に乾杯」
私たちは再びジョッキを合わせ、お互いの成果を祝福し合った。ビールの泡が弾けるように、私の心にも小さな喜びの泡が弾けていた。
「そうそう。仕事が増えて、技術部からも嬉しい悲鳴が聞こえてきましたよ」
「だから技術部の部長が碧羽くんのところに来ていたのね」
業務時間中は忙しさのあまり放置してしまったが、よくよく考えれば碧羽くんは営業二課の所属。技術部の部長が直接碧羽くんに指示するなんて聞いていない気がする。
「それ、私聞いてないんだけど」
「え、そうなんです?でも技術部の部長は話通してるって言ってましたよ」
「……営業部長のほうで許可したのかも」
心に浮かんだ苛立ちを流すように、ジョッキに半分ほど残っていたビールを一気に飲み干す。
「いい飲みっぷりですね。次、どうします?」
「ビールお願い!」
碧羽くんはタブレットでビールを2つ注文すると、自分の分のジョッキを飲み干した。
「碧羽くん、お酒強いの?」
「どうですかね。技術部の飲み会でつぶれたことはないですね」
そう言われても、技術部の人たちがどれくらい飲むかなんてわからない。会社の飲み会でも離れた場所にいることが多いから、イメージも湧かない。
もう一度聞こうと口をひらこうとしたとき、タイミング悪く店員さんが注文したつまみを持ってきた。
「お、きましたよ。いやー、お腹ぺこぺこですよね」
碧羽くんが差し出してくれた割り箸を受け取ると、私のお腹からぐーっという音が鳴る。
「霧島さんもお腹空きましたよね。さ、食べましょ食べましょ」
「ええ、そうね。食べましょう」
碧羽くんに聞かれたことを恥ずかしく思いながらも、私はこの時間を楽しむことにした。
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