第5話 残業中のオフィスで芽生える感情
とっくに日も暮れたオフィス。残業していた社員たちも1人、また1人と帰っていく中で、私は提案書の最終チェックに没頭していた。ふと顔を上げると、碧羽くんが真剣な表情でパソコンに向かっている姿が目に入った。
「碧羽くん、まだ帰らないの?」
私は声をかけた。
彼は笑顔で顔を上げた。
「あ、霧島さん。はい。技術部と営業部の打ち合わせで出た課題の解決案を形にしているところです」
好奇心に駆られ、私は彼の元へ歩み寄った。画面には、先日課員から相談を持ち込まれたプロジェクトで対応しているシステムが表示されている。技術部からは、お客様の要望を叶えるには技術的負債が重すぎるので、工数が足りないと突っぱねられたと言っていたはずだ。
「これは……」
私は息を呑んだ。
「どうですか?」
碧羽くんの目が輝いていた。
「従来の方法を少し変えてみたんです。こうすれば、技術的負債をすべて返済しなくても、お客様の要望が叶えられるはずです。他の機能への影響調査は必要なので、全機能のテストを行うことにはなります。ただ、技術的負債をすべて返済するよりは明らかに工数が少なくて済みます。あとは、他の機能の改修箇所を減らすことで、見積もり内に収まる見込みです」
私は感心してしまった。
「素晴らしいわ。碧羽くんだからこそのアイデアね。技術部から碧羽くん**を返せって言われないか心配だわ**」
碧羽くんは照れくさそうに頭をかいた。
「実はこの方法、霧島さんのプレゼンを聞いて閃いたんです。だから、俺だけのアイデアじゃなくて、霧島さんのおかげでもあるんですよ」
碧羽くんはマウスを操作して、何かのファイルを実行する。すると、新しいウィンドウが開いて動画が再生される。そこに写っていたのは、先日の大型プロジェクトの提案書を説明している私の姿。
「改めて思ったんですけど、霧島さんの話し方って、相手の心を掴むのがうまいですよね。しかも、相手の心を掴むためなら正攻法以外も使っていくのが大事だなって感じたんですよ。だから、霧島さんのやり方を真似してみようと思いまして」
その言葉に、私は思わず顔が熱くなるのを感じた。
「そう……そんなふうに見てくれていたのね」
碧羽くんはまっすぐ私の目を見た。
「はい。技術部にいたときから、霧島さんの仕事ぶりをずっと尊敬していました。特に、課員をまとめる力とか、クライアントとの交渉力とか。うちの上司に、霧島さんを見習ってくれって何度直談判したことか」
彼の真剣な眼差しに、私は少し動揺を覚えた。今まで気づかなかった碧羽くんの魅力が、急に鮮明に感じられた。
「あ、ありがとう」
私は少し言葉につまった。
「私もね、碧羽くんの斬新な発想にはいつも刺激を受けているの。毎日が新鮮で、仕事が楽しくなったわ」
碧羽くんの顔が明るくなった。
「本当ですか?3日に1回はお小言を頂戴するので、そんな風に思っていただけているとは思いませんでした」
冗談めかした彼の言葉に、私たちは互いに微笑み合った。そのとき、不意に思いついた。
「ねえ、碧羽くん。よかったらなんだけど、ゆっくり話をしてみない?もちろん、嫌だったら断ってくれていいんだけど」
碧羽くんは少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔になった。
「嫌なわけないじゃないですか。霧島さんともっと話がしたいと思っていたんです」
「よかった!じゃあ、今度の金曜日、仕事終わりに飲みに行きましょう」
私は提案した。
「ええ、ぜひ!楽しみにしています」
碧羽くんは嬉しそうに答えた。
約束をした後、私たちはそれぞれの仕事に戻った。しかし、心の中では何か新しいものが芽生え始めているのを感じていた。この感覚が一体何なのか、まだ言葉にはできない。ただ、金曜日が今から待ち遠しく感じられた。
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