第4話 革新と安定の狭間で

 大型プロジェクトの提案書の締め切りが迫る中、オフィスは緊張感に包まれていた。私は会議室で最終確認の準備をしていたが、碧羽くんの姿が見当たらない。


「誰か、碧羽くんを見かけなかった?」


 会議室から顔を出した私は、周りの営業二課の面々に尋ねる。


「さっきカフェに行くって言ってましたよ」


 その言葉を聞き、私は深いため息をついた。締め切り直前なのに、一体何を考えているのか。


 1時間ほど経ち、碧羽くんが颯爽とオフィスに戻ってきた。


「碧羽くん、どこにいたの?大事な締め切りが迫っているのよ」


 私は諭すように言った。しかし、彼は悪びれる様子もなく、むしろ興奮したように答えた。


「霧島さん、聞いてください!さっきひらめいたんです。このプロジェクトでお客様のビジネスモデルを劇的に改善できる新しいアプローチを思いついて」


「えっ、今さら?」


 私は驚きを隠せなかった。


「でも碧羽くん、もう計画は固まっているわ。突然の変更は危険よ。それに、このプロジェクトの提案書は、二課みんなの努力の結晶なの」


 碧羽くんは熱心に説明を始めた。


「わかっています。霧島さんだけじゃなく、みなさんが必死に進めてきたことはわかっているんです。でも、このアイデアなら納期を守った上で、クライアントの期待をはるかに超える成果が出せるんです。このタイミングでの変更は危険を伴いますが、やる価値は絶対にあります」


 私は眉をひそめた。


「でも、そんな突発的な変更、他のメンバーはどう思うかしら。あなたが言うように、みんな今の計画に沿って必死で作業しているのよ」


「でも、イノベーションって常にリスクを伴うものじゃないですか。それにこのアイデアであれば、定期的な受注も見込めます。このチャンスを逃すのは勿体ない気がして……」


 私は深く息を吐いた。部下の前で見せるべき態度ではないのは重々承知しているが、これも碧羽くんを説得するためのパフォーマンスだ。


「碧羽くん、あなたの創造性は素晴らしいわ。でも、ビジネスはスケジュールと効果だけじゃない。安定性も重要なの。突然の変更は、みんなの士気や顧客との信頼関係にも影響するのよ」


 碧羽くんは少し落胆した様子で言った。


「霧島さん、俺、営業二課の成功のためにベストを尽くしたいんです。時には大胆な決断も必要だと思うんです」


「わかるわ」


 私は優しく言った。


「あなたの情熱は素晴らしいものよ。でも、チームワークとプロセスの重要性も忘れないでね。今回は予定通り進めさせて。私個人としては、お客様のビジネスモデルを劇的に改善できる方法を選びたい。でも、課長としては、みんなの士気を維持するためにもこのまま進める方法を選ぶわ」


 碧羽くんは少し考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。


「わかりました。霧島さんの言うとおりかもしれません。でも、このアイデア、絶対に活かしたいんです。このプロジェクトが受注できたら、タイミングをみてお客様に打診することを許可していただけませんか?もちろん、打診するタイミングは霧島さんに一任します」


「もちろんよ」


 私は微笑んだ。


「あなたの創造性は私たちの強みだもの。ただ、それをみんなの力とうまく調和させることが大切なの」


 この会話を通じて、私たちの価値観の違いが鮮明になった。碧羽くんの革新的なアプローチと、私の慎重で計画的なスタイル。この違いをどう調和させるか、これからの大きな課題になりそうだ。


 それでも、彼の情熱と才能が、営業二課に新しい風を吹き込んでいることは確かだった。この化学反応が、どんな結果を生み出すのか。私は期待と不安が入り混じる気持ちで、これからの日々を想像した。

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