第2話 新風、舞い込む
昼休みが近づく中、私は会議室で新しい部下を待っていた。本来なら、今の上司と一緒に来るはずだったのだが、急なトラブル対応で上司が来られなくなったとチャットで連絡があった。誤字脱字ばかりの文章だったので、焦って打ったことがわかる。
緊張感と期待が入り混じる中、ドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
「失礼します。
颯爽と入ってきた若い男性に、私は思わず見惚れてしまった。聞いていた以上に爽やかで知的な印象だ。
「あ、はい。霧島志穂です。こちらこそよろしくお願いします」
慌てて立ち上がり、挨拶を返す。碧羽くんは柔らかな笑顔で近づいてきた。
「上長からどう伝わっているかわからないので先にお伝えしておくと、今回の異動は霧島さんが上司になるということでお受けしました」
上層部から技術部に対して碧羽くんの異動を打診した際、技術部だけでなく、本人からも強い反発があったと聞いていた。だが、異動先が私が課長を務める第三営業部営業二課だという情報が伝わると、碧羽くんからぜひにという返事になったため、今回の異動が実現したのだ。
「ありがとうございます、でいいのかしら。碧羽くんの評判は聞いています。一緒に働けるのを楽しみにしていました」
私たちは席に座り、異動の詳細について話し始めた。碧羽くんの立ち位置、プロジェクトでの役割、そして異動日のすり合わせ。彼の話し方は流暢で、時折ユーモアを交えながら、自身の経験や 目標を語ってくれた。
「事前に伺っていた通り、技術部員と営業部員との橋渡し役、ということですね。ゆくゆくはセールスエンジニアを育てる基盤を作っていきたいところです」
碧羽くんの目が輝いていた。その姿に、私は彼の仕事への情熱を感じ取った。
「セールスエンジニアの話は、部長たちがいい顔しないのよ。ただ、現場目線ではセールスエンジニアもいたほうがいいことも事実。なので、碧羽くんにはいずれセールスエンジニアっぽい動きでアピールしてもらうことも期待しているわ」
「なるほど。自分たちの権力が脅かされるかもっていうことを懸念しているんですね。くだらない」
権力争いをバッサリと切り捨てる碧羽くんに、心の中で頭を抱える。
「耳が痛いわね。でも、私以外にそんなこと言っちゃダメよ?」
「ええ、もちろんです。霧島さんの前でしかこんなこと言いませんよ」
あっけらかんと言い放つ彼に、乾いた笑いしか浮かばない。これは大変な人物が部下になったのかもしれない。
私は気を取り直して、用意していた営業二課が管轄しているプロジェクトの一覧と状況を記載した紙を彼の前に差し出す。
「私たち営業二課が管轄しているプロジェクトの一覧よ。切羽詰まっているものから順に並べているわ」
碧羽くんが資料に目を向けるのを確認し、補足説明をしようとした瞬間、彼はノートパソコンを開いた。
「実は、もうすでに霧島さんたちが知りたいだろうということをまとめてきました。担当している技術部員にもヒアリングしてきたので、昨日発生したもの以外は網羅しています」
すると碧羽くんは徐に立ち上がり、会議室の机をぐるりと回って私の隣に座る。
「隣、失礼します。こちらを見ていただきたいのですが……」
碧羽くんが身振り手振りを交えながら、ノートパソコンの画面に表示した資料を説明してくれる。彼が動くたび、ふんわりとシトラス系の軽やかな香りを感じる。
「あ、ありがとう。もうここまでやってくれるなんて、聞いていた以上だわ」
「ついでに、技術部員から営業部員への要望をもとに、営業二課の改善案を考えてきました」
彼の言葉は熱意に満ちていた。しかし同時に、碧羽くんが空回りしてしまうのではないかという不安を覚える。
「わかりました。碧羽くんの熱意は素晴らしいです。ですが、会社という組織である以上、チームワークも大切だと考えています。なので、まずは私たち営業二課に馴染んでから、徐々に変えていきましょう」
「はい、承知しました。営業二課のみなさんと協力して、最高の成果を出したいと思います」
碧羽くんは爽やかに微笑んだ。その笑顔に、私は思わず惹き込まれそうになった。
会議が終わり、碧羽くんが会議室を出て行ったあと、私は深い息をついた。彼の才能は間違いない。天才的なエンジニアという触れ込みだったが、営業部員顔負けのトークスキルも持っている逸材だ。しかし、この逸材を営業二課の中でどう活かしていくか。これは私にとって、新たな挑戦になりそうだ。
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