第35話 帝の野望

 後宮女人失踪事件並びに瑞獣偽者取替騒動も無事に解決し、夜宴を開いた朱鷺ときが上機嫌に酔いしれる。懐かしい者らとの再会もそうであるが、今を生きる我が世の春を改めて実感し、気心しれた瑞獣らとの宴を愉しんでいる。

 一人釣殿から月を見上げていた満仲に、後ろから水影が訊ねた。

此度こたびの一連の事件。鬼といい死者といい、天才陰陽師、満仲殿は何処どこまで放置されるおつもりであったのか?」

 嫌味たらしく言うも、その真相を聞き出すため、水影はじっと満仲の背中を見つめた。ふっと満仲が笑う。背中を向けたまま、口を開いた。

「なぁに。左様な雑魚共よりも、御所にはもっと大きな闇が蔓延はびこうておるからのう。わしの仕事は此処ここからよ」

 そう言って振り返った満仲が、強気に笑った。

「大きな闇……」

 水影が、上機嫌に安孫あそんと麒麟に絡む朱鷺に目を向けた。満仲が主の下へと戻る道すがら、交差した状態で水影に囁く。

「気を付けよ、三条の。“視えざる者”らは、今でも貴殿を身代わりにと考えておるでな」

 その言葉を最後に、満仲がいつもの調子で朱鷺の下へと向かって行く。

「しゅじょ~! わしも仲間に入れてくだされ~」

 その背中を見つめる水影が、ぐっと拳を握った。


 宴の後、上機嫌に眠りに就いた朱鷺であったが、いつもの如く、夢の中でうなされる。

『——ああ、時宮ときのみや何故なにゆえ私の誘いを断ったっ……! 憎き時宮よ、そなたを地獄に叩き落とすまでは、死んでも死にきれぬっ……!』

 毎晩のように朱鷺を苦しめ続ける、亡き祖母——桐尾の上。孫である時宮を愛し、夜這いしたものの、拒絶されたことで、その愛もプライドもずたずたに傷つけられたのだ。そうしてなにがしと契った結果、此の世を生き地獄に変えた鷲尾わしお院を産んだのである。すべては朱鷺を苦しめるため、死んでもなお、毎晩のように朱鷺の夢枕に立っては、憎悪を吐き続ける。乱れた長い髪をだらんと床につけ、身の毛もよだつ形相で、朱鷺の顔を覗き込んでいる。

『はああ。早う此方こちらへおいで、時宮よ。此度こそ、婆と一つになろうぞ』

「——真、悪霊は煩くてかなわぬ。夜半やはんじゃ。静かに出来ぬのなら、御退場願おう」

『誰じゃっ! 私と時宮の逢瀬を邪魔する者はっ……』

 きっと桐尾の上が声の主を睨みつけた。そこに、冷徹な瞳で見下ろす満仲の姿があった。

『御前はっ、不動院のっ……!』

「煩いと申しておるじゃろう? そうか、れほどまでに、滅してほしいか」

 にやりと笑った満仲が屈み、桐尾の上の顔に札を貼りつけた。その瞬間、『ぎゃあああああ!』という断末魔が上がった。

「我が主の安眠を阻んだ罰、しかと受け入れるが良い」

『くそう……! 陰陽師が分際でっ、今に見ておれ! 必ずや我が恨み、晴らしてくれよう……!』

 そう捨て台詞を吐き、寝所から姿を消した桐尾の上。その行き先に見当が付いている満仲が、「あとは頼みましたぞ」と、微笑を浮かべて呟いた。


『——くそう! くそう! 必ずや我が恨みを晴らして見せる! 我が依代となる男は何処いずこじゃっ……』

 桐尾の上が悪霊となり、“視えざる者”として、水影の寝所を訪れた。寝息一つかかない麗しい公達の寝顔に、『はあああ』と狂気に満ちた笑みを浮かべる。「んんっ」と水影の顔が苦悶に歪んだ。

『これでようやっと、我が恨みを晴らせようっ……』

 そう愉悦を浮かべて水影に乗り移ろうとしたところで、キンっ……!という高い音が鳴ったかと思うと、次の瞬間には、首根っこを掴まれ、凄まじい力で放り投げられた。

『なっ! 何奴じゃ!』

 ぐっと苛立つ表情で、桐尾の上がその正体を見上げる。

『……わしの息子に触れるでない。そなたら“視えざる者”に、もう二度と我が愛しい息子を傀儡させたりするものか』

 そこに霊体として現れた、水影の父——晴政。亡くなった後も天には昇らず、“視えざる者”らの脅威から、水影を守っていた。その強大な力の前に、桐尾の上が悔しがる。

『くそうっ! 三条め! 月との大乱の折、彼方あちらに寝返った一族の分際で小癪なっ……!』

『何も知らぬ者が知った風な口をきくでない。貴殿はもう、帝の母后にあらず。ただの悪霊じゃ。いつまでも蔓延はびこうておらずに、さっさと地獄に堕ちるが良い』

 かつての権力者であろうとも、晴政は冷酷に引導を渡した。次の瞬間、桐尾の上が立っていた場所に大きな穴が開き、漆黒の闇へと真っ逆さまに落ちていく。

『なっ……! いやじゃ、地獄になど堕ちとうない!』

『さぁて。貴殿の下には、釈迦如来の蜘蛛の糸が下りてくるかな?』

 ふっと晴政が笑ったところで、闇へとつながる穴が閉じた。そうして平穏を取り戻した息子の寝顔に、晴政が安らぎの笑みを浮かべる。

『案ずるでない、水影。わしはいつでも、そなたの味方じゃ』

 今ではもう話すことは出来ないが、父の愛は、いつでも最愛の息子に向けられている。霊体である晴政が、すうっと消えていった。


 翌朝、上機嫌に起きてきた朱鷺。御簾みすに鎮座し、目の前で平伏する四人の瑞獣らに向かい、「おはよう、我が瑞獣らよ」と声を掛けた。

「昨晩は、よう眠れましたかな?」

 顔を上げた満仲に訊ねられ、「ああ」と、スッキリとした顔で朱鷺が笑う。

「それはようございました」

 桐尾の上の脅威が去ったことに、満仲が安堵した。

「さて。今日は何をして遊ぶか。そうだのう……。夏も近い。半夏生はんげしょうの宴にて披露する舞楽の練習でもするかのう。水影、そなたが舞え」

「御意にございまする」

「安孫、そなたは鼓の担当ぞ」

「御意」

「麒麟、そなたは琵琶ぞ」

「はい! 雅楽は鳳凰様より指南済みです!」

「その意気ぞ。満仲、そなたには笙を任せる。天才らしく、宴を盛り上げよ」

「はっ!」

 四人の瑞獣らが平伏して受け入れるも、顔を上げた安孫が訊ねた。

「して、主上は何を……?」

「俺か? 決まっておろう、俺はのう……」

 溜めるだけ溜めたところで、朱鷺がしたり顔で言った。

「俺は龍笛ぞ。この音色と色気でもって、いつか必ず、月に住まう天女らを落としてみせよう」

 懐から取り出した龍笛を、野心丸出しに朱鷺が見つめる。遠い月に住む未だ見ぬ天女らを想い、帝による月とヘイアンの交換視察の件は、着々と進められていった。

   

『帝と四人の瑞獣たち-偽世者-』終


 この物語の二年後、朱鷺と水影、安孫の三人が月へと交換視察の任に旅立ちます。その物語は、本編『ヘイアン公達の月交換視察~帝が天女を妃に迎えるまで~』にて進行中です!


『ヘイアン公達の月交換視察~帝が天女を妃に迎えるまで~』

 キャッチコピー

「ヘイアン公達は、悪の宰相に火星人、上皇とも戦う!労働過多すぎない?」

 

 第一章「天女中の凱旋」→公開済み

 第二章「火の国の襲来」→公開済み

 第三章「月の王の戴冠」→公開済み 

 最終章「新皇国の大乱」→執筆中

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